観客はこのような「見た目でわかりやすい」ものを通じて、能楽に踏み入ってゆくのでしょう。しかし、この能自体、面の登場も少なく、歌舞伎的で本来の能の持つ深みに欠けると言えます。瞬間的な芸を味わうしかない。 古典美がおろそかになれば、いずれ観客も離れるだろう。能楽の未来にとって、古典美は不可欠と言えるでしょう。
病気で臥せる源頼光のもとへ、召使いの胡蝶が、処方してもらった薬を携えて参上します。ところが頼光の病は益々重くなっている様子です。
胡蝶が退出し、夜も更けた頃、頼光の病室に見知らぬ法師が現れ、病状はどうか、と尋ねます。不審に思った頼光が法師に名を聞くと、「わが背子(せこ)が来(く)べき宵なりささがにの」と『古今集』の歌を口ずさみつつ近付いてくるのです。よく見るとその姿は蜘蛛の化け物でした。あっという間もなく千筋(ちすじ)の糸を繰り出し、頼光をがんじがらめにしようとするのを、頼光は、枕元にあった源家相伝の名刀、膝丸(ひざまる)を抜き払い、斬りつけました。すると、法師はたちまち姿を消してしまいました。
騒ぎを聞きつけた頼光の侍臣独武者は、大勢の部下を従えて駆けつけます。頼光は事の次第を語り、名刀膝丸を「蜘蛛切(くもきり)」に改めると告げ、斬りつけはしたものの、一命をとるに至らなかった蜘蛛の化け物を成敗するよう、独武者に命じます。
独武者が土蜘蛛の血をたどっていくと、化け物の巣とおぼしき古塚が現れました。これを突き崩すと、その中から土蜘蛛の精が現れます。土蜘蛛は千筋の糸を投げかけて独武者たちをてこずらせますが、大勢で取り囲み、ついに土蜘蛛を退治します。
▽登場人物
❀面 顰 (しかみ)
※獅子が上歯、下歯で噛んだ状態ををあらわす言葉で「羅生門」、「紅葉狩」、「舎利」、「大江山」、「土蜘蛛」に用いる。
土蜘蛛の精
頼光の病床に近寄り、巣を投げかける前シテ
○前シテ 怪僧(直面 ) ○前ツレ 源頼光 胡蝶(小面) ○トモ:頼光の従者 ○ワキ 独武者(ひとりむしゃ)
○後シテ 土蜘蛛の精 ○ワキ 独武者 ○ワキツレ 独武者の従者
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