能「土蜘蛛」の背景
作者は不明である。しかし、以下に記している内容を下敷きとしていると思われる。
登場する土蜘蛛とは、実在の蜘蛛の名前ではありません。また、単なる蜘蛛の化け物でもありません。後シテが登場する時の謡に「汝知らずや我昔。葛城山に年を経し~」とある通り、『日本書紀』『古事記』『風土記』などの古文献に登場する大和朝廷に敵対した先住民族(土蜘蛛族?)のことであり、大和朝廷に平定されて中に組み入れられた人々のことを指していると思われる。一方の頼光は源氏の武士の棟梁であり、武勇伝の主人公です。いわば朝廷の武士。だからこそ土蜘蛛は頼光を狙ったのですが、・・・・・・却って朝廷側に攻められてしまう。
なお、上演記録もさほど古くは溯れず、能作品としてレパートリーに加わったのは江戸初期であり、レパートリーとして定着して来るのは江戸末期から、むしろ明治にかけてと言われる。
五番目物。五流現行曲。金春・宝生流は「土蜘」と表記。出典は『平家物語』の「剣の巻」。


源頼光とは?
源頼光は、平安時代中期の清和源氏(せいわげんじ)の統領で、鬼退治で有名です。この、いわゆる頼光伝説を題材とする能には、「土蜘蛛」のほかに「大江山」「羅生門」などがありますが、いずれも頼光自身ではなく、四天王【渡辺綱(わたなべのつな)、坂田公時(さかたのきんとき)、碓井貞光(うすいのさだみつ)、卜部季武(うらべのすえたけ)】や独武者などの家来が活躍するのが特徴です。頼光伝説の源は、源氏に代々伝わった名剣についての語り物にあるようです。「土蜘蛛」の中でも「膝丸」を「蜘蛛切」に改名したというエピソードが語られています。

見どころ
・シテが和紙でつくられた蜘蛛の糸を投げる場面でしょう。現在のように沢山の糸を投げる演出は、明治初期の金剛流家元、金剛唯一(ただいち)・・・・但し、江戸時代は一時氏成(うじしげ)と名乗った・・・が工夫したものと言われています。それ以前はうどんのような太くて短い物をチョロチョロ投げていたようである・・・・・・。白い蜘蛛の糸が放物線を描いて宙に浮く様子は、ショー的要素が強く、見た目にも華やかです。スペクタクルの感動とでも言うのでしょうか・・・・
・激しい戦いの中、鬼神が大鼓・小鼓・太鼓・笛のみで演奏される「舞働」も見どころのひとつといえる。


《前場》
❒曲の構成。
構成は複式無限能はもとより、古風な現在能ともだいぶ異なっている。シテの土蜘蛛は前触れもなくいきなり登場するし、ワキの独武者も土蜘蛛と前後して途中から登場する。頼光がシテツレになっているところも独特です。

前ツレ登場。
1.頼光登場
・舞台右端に「一畳台」が置かれているが、これは源頼光(特に弓の達人)の館を表している。
・登場すると一畳台に上がり、床几に左手を置きその上に赤い装束がかけられているが、これは原因不明の病(マラリア?)で臥せって苦しんでいる様を表している。

2.胡蝶登場
次第とともに登場して、頼光に薬を届けるとすぐに退場してしまいますが、この二人の会話により頼光の病状、今置かれている境遇がいかに厳しいものかをはっきり私達に印象づけている。
胡蝶を迎え入れた頼光は、心身の具合が日ごとに悪くなっていくことを嘆くが、胡蝶は薬を飲めばきっと直りますからと慰める。

▲胡蝶異聞・・・・£&$!・・・登場して・・・・なんとなく消えて行く・・・・何だったのか?・・・
胡蝶が退場する時に謡われる地謡の上歌
色を尽くして夜昼の。色を尽くして夜昼の。境も知らぬ有様の。時の移るをも。覚えぬ程の心かな。げにや心を転ぜずそのままに思ひ沈む身の。胸を苦しむる心となるぞ悲しき
とあります。もちろん表向きは、病気の頼光のために「色々と手を尽くす」とか、病状が悪いがために「夜昼の境も分からない有様」「時の移るのも分からない程の心」とか、「思いに沈む」「胸が苦しむ」なわけですが、和歌の伝統を引く謡には、掛詞で裏の意味もある可能性があります。
最初の「色」を「艶」の意味だと考えれば、頼光が胡蝶に恋心を持っているのではないか?頼光の病は「恋の病」では?。胡蝶と頼光の問答の中に「昨日より心も弱り身も苦しみて。今は期を待つばかりなり」と武士の棟梁らしからぬ弱音があるのも納得行きます。
※土蜘蛛と胡蝶との関係はわかりませんが、「蜘蛛の糸」に絡まっている「蝶」を連想させる。胡蝶は上歌の間に土蜘蛛と入れ替わります。私達はどう考えるべきか?また、一部には一味であったとの説もある。



前シテ登場。
角帽子の頭といい、黒い水衣といい、そのまんま〈蜘蛛〉である。
一声の囃子で僧形に身を包んだ土蜘蛛が訪れる。直面である。土蜘蛛は「我がせこが。来べき宵なりさゝがにの」と歌うが、背子とは恋人or夫のことであり、なんとも不自然である。これはこの古歌が有名なため頼光もわかっていることを前提に下の句で「蜘蛛」の言葉をあえて頼光に言わせて、「敵」であることを暗にわからせようとしたのかもしれない・・・・。
★我が背子が来べき宵なりささがにの~蜘蛛のふるまひかねて知るしも 

いきなり千筋の糸を繰り出して頼光を襲う。頼光の方も膝丸を取り出して反撃し、土蜘蛛を撃退する


ワキ登場。
早鼓。ここでいったんシテの土蜘蛛は中入し、代わって独武者が登場する。
※装束:侍烏帽子・厚板・掛直垂・白大口・小刀・男扇
頼光は先ほど僧に扮した土蜘蛛に襲われたこと、膝丸の力で土蜘蛛を撃退したこと、これからは膝丸の名を改めて蜘蛛切と名づけようと思うことなどを話して聞かせる。独武者は土蜘蛛の残した血のあとを追いかけて、退治にでかけようと誓う。
●頼光の退場により、場面の変更の効果を表す。


中入りアイ狂言(蟹の精霊)登場。
☆今回の小書きの一つ目である。
通常は独武者の従者が登場して「大変だ!大変だ!」と言って、自分達もお供として行かなければならない・・・・という大騒ぎの場面であるが、今回は「ササガニ」小書きの為、異なった演出となっている。
※なお、この小書きは茂山千之丞が昭和30年代に作ったものである。

蟹の面をかぶり、蟹のように横様にあるき、両手の指を鋏のように動かしながら、ユーモラスに振舞う。先ほどからのいきさつを聞いた蟹は、自分たちが退治されるのではないかと心配する。というのも「我がせこが来べき宵なりさゝがにの蜘蛛の振舞」とある言葉を聞いて、土蜘蛛退治が自分たちにも及ぶのではないかと勘違いしたからだ。だが「ささがに」とは、ささやかな蟹、つまり〈蜘蛛〉のことであるとわかる、自分たちとは関係がないとわかって安心した蟹たちは、独武者に加勢しようといって、出かけていく。
蜘蛛の吐く千筋の糸など、このハサミでチョン切ってやろうということか?


《後場》
ワキ・ワキツレ登場。
装束:白鉢巻・厚板・ 白大口・・・・・いずれも戦姿である。
※従者も同様の装束で登場する。3人であるが、ここでは「沢山の」と解釈すべき。


後シテ登場。
※二つ目の小書き「黒頭」である。通常は人間離れした力を発揮する妖怪を表す「赤頭」をつけるが、「黒頭」の場合はより獰猛性を表すし、動物的な動きも激しく、強くなることを意味している。。

以上

能曲目鑑賞ポイント解説

土蜘蛛