❑「定家」
❒
葵上』と同じく、曲名がシテではなく、シテの式子内親王を恋慕する藤原定家の名前です。その上、定家は“人間”ではなく、内親王のお墓に絡みつく“蔦葛〔つたかずら〕”で象徴されています。
しかも身分が違いすぎます。さらに、内親王の方が年上で「忍ぶ恋」です。
ハッピィエンドではありません。むしろ暗い結末での終わりです。
▽登場人物 <シテ>前―里女 後―式子内親王〔しょくしないしんのう〕
▽《面〕》 “若女”(深井、小面)/“泥眼”(霊女)
北国から京の都に上った旅の僧の一行が、千本(今出川)のあたりで雨に会い、いわくありげな庵で雨宿りをしていると、一人の里女がやって来て「ここは藤原定家卿の建てた“時雨の亭〔しぐれのちん〕”です」と説明し、僧らを式子内親王の墓に案内する。
そして、定家と内親王の秘めた恋の話や、定家の執心が蔦葛〔つたかづら〕となって内親王の墓にまとわりついている事を語るうち、「実は、私がその式子内親王の霊であり、定家卿の執心の苦しみから救って欲しい」と頼んで消え失せます。僧が、言われたとおりに法華経を読誦して弔うと、墓の葛はほどけ、内親王の霊は、お礼に舞を舞いますが、墓に戻ると再び墓は葛におおわれてしまいます・・・。
❒
「井筒」「野宮」という能の恋の系譜は、「定家」の凄惨な世界に行き着く。これらはシテが、まず綿々と恋の思い出を謡いあげるのに比べ、このシテにはその余裕すらない。旅の僧(ワキ)にむかつていきなり呼びかけて登場する。ずっと呪縛の影響で動かない状態が続きますが、呪縛からとき放された時のほんの一瞬の動きと面の表情はとにかくスゴイ!
▽見どころ
僧の祈り。束の間のやすらぎに、後シテは墓を出て報謝の舞を舞うが・・・
男の恋の呪縛の苦しさを訴える、式子内親王の亡霊。