能曲目解説

《雑感》

法王は冷たい・・・六道を語らせておきながら、とりたてて「何もしない」。しかし・・・・言葉は交わさない・・・しかし・・・それぞれの心に思いがあるはず・・・ということが前提な気がする。この間合いこそがこの能で伝えたかってことではないか・・・。
「今や夢 昔は夢と迷われ いかに思えど現とぞなき」建礼門院右京太夫。今が夢なのか昔が夢なのか、思い迷って・・・これが現実のものとは思えない。

小林秀雄
子供が死ぬという歴史上の大事件がいかにかけがえのないものなのか・それを保証するのは母親の悲しみだけである。悲しみが深まれば、深まるほど子供の顔は明らかに見えてくる。
建礼門院の涙のうちで過去がよみがえってくる。

大原御幸〔おはらごこう〕

壇ノ浦の合戦で平家一門が滅んだ後、先帝・安徳帝の生母・徳子は出家して建礼門院と名を改めて、亡き帝や一門の御菩提を弔う為、洛北・大原の里にある寂光院におりました。寂光院では建礼門院と大納言ノ局、阿波ノ内侍の三人の侘しい草庵住まいで、都からの便りもまれです。

後白河法皇は万理小路(までのこうじ)中納言を従えて大原へ御幸(みゆき)さ れます。臣下のものは従者に命じ、山道は清められ、法皇の御幸が告げられした。 
大原の里はホトトギスの鳴くなかに夏草が青々と茂り、池の中島の松に架かった藤の花は咲き誇り、岸には青葉混じりの遅桜に山吹の花が咲き乱れる美しい風情でした。 
女院の草庵は軒に蔦や朝顔が絡みつき、扉は朽果てたような様の、物寂しいお堂です。法皇が御声を掛けられますと暫くして老いた尼僧が出て来ました。ちょうど女院と局は仏前に供える為の樒(しきみ)や御花、食用の蕨などを採りに、花籠を手に山へと出られた後との事でした。 暫くすると、柴を抱えた局と共に花籠を携えた女院が登場します。。 
余りにも変わり果てたその姿に、法 皇は尼僧に「あのもの達は如何なる人か」と尋ねます。 
女院は法皇の突然の御幸に驚き、自分のこのような姿を恥じながら、ただでさえ忘れ難いこの世に一層の執着を覚えてしまう事を憂い、またこの御幸の事が人の噂に上ることを思うと、辛さに袖が涙で濡れるのでした。それでも、今では同じ佛道の身にあることを頼みとして、涙を抑えて御庵室に入ります。  
           
女院は御幸を有難く思い、礼を述べ、法皇が尋ねるままに語ります。生きながらに六道を巡りその様をご覧になったことや、西海での一門の最後、二位殿と先帝の入水の有様を語ると共に、自分も続いて入水したにもかかわらず源氏方に引き上げられ、心ならずも生永らえてこうして涙で袖を濡らしていることを・・・・・。やがて名残の尽きぬままに法皇は帰っていきます。女院は庵の門に佇み、暫くの間見送り、やがて御庵室へと・・・・。
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《主な場面》

▽見どころ
地謡の魅力でもって物語を切々と紐解いていく、静かな能です。 演者にとっては難しい演目であり、「楊貴妃」、「定家」と共に高貴な女性であることから‘三婦(夫)人の能’とも呼ばれています。「舞」の要素のない曲であり、いわゆる「型」なるものは一度だけである。したがってシテの動きそのものが「舞」と同じであることから、演者の力量がそのまま反映されるといえる。
全体に「静けさ」が支配している曲であることから、「居グセ」が長時間続く状態など、他の演者(ツレ、ワキ他)にとっても「難しい」曲であると言える。

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登場人物  <シテ> 建礼門院  <ワキ> 万理小路
          <ツレ> 後白河法皇 阿波ノ内侍 大納言ノ局 

面      “節木増”
         通常は小面を使用するが、深井なども使用する。

《主なあらすじ》

後白河法皇
健礼門院

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