▽登場人物
❁シテ 小野小町
❁ワキ 高野山の僧 ❁ワキツレ 高野山の僧
▽面
❃シテ 姥(越智作)・・・・・片山家に伝わるもの。※金剛流では「老女小町」使用。
▽装束 江戸時代の逸品である。
▽雑感
この曲目のタイトルである卒都婆とは、墓石の後に立て掛けられている細長い木の板のことで、積まれていたと思われる卒都婆に腰をかけた老婆は、絶世の美女であったと言われた小野小町である。年齢はなんと100歳でしかも乞食という設定であるところが面白い。
乞食にまで落ちぶれながらも才気だけは保ち僧との問答が冴え渡る。
100歳になってもなお襲いかかる深草少将の怨霊は、その昔どんな男の恋心にも答え様としなかった小町を襲い、彼女はむくいの苦しみを受けている。
主なあらすじ
ある僧が高野山から都へ向かう途中、京に程近い鳥羽の辺りで一休みしていると、一人のみすぼらしい老婆の乞食が、倒れている卒都婆に腰を下ろしてしまいました。
それを見ていた僧は、仏体とも言える卒都婆に腰を下ろすとは何事だと立ち退くように言いますが、老婆は素直に応じません。
謝るどころか弁舌鮮やかに仏の教えを説き、反論し始め僧をやり込めてしまいます。
そんな老婆に僧は感心し頭を地に付けて三度礼拝すねと、今度は茶化した「極楽の内ならばこそ悪しからめそとは(外はと卒都婆をかけている)何かは苦しかるべき」という歌を詠むと僧はますます驚き、名を尋ねました。
すると老婆は小野小町のなれの果てだと明かし、昔の美しかった頃をしのび、現在の落ちぶれ果てた境遇を語るのでした。
話しをしているうちに突然、何かに憑かれた様に狂乱状態になってしまいます。
その正体は、昔小町に恋をした深草少将の怨霊で小町の元に九十九夜通ったけれども、百夜めに思いを遂げられないまま命を失った悔しさを語るのでした。
やがて狂気から我に返った老婆は真の悟りの道に入りたいと願う。
▽主な場面
100才の乞食となってさすらう小野小町
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▽見どころ