▽主なあらすじ
男に離別された女が、貴船明神の力を借りて鬼女となり、男と後妻に復讐するという話である。神職が貴船明神のお告げを女に伝えるために登場する。そこへ女(シテ)が現れた。女は別離された夫のことで思い悩み、貴船明神の力を借りて夫と後妻に復讐しようと、祈願にやって来たのである。
社人は女の姿を見止めると、夢で告げられたという神託の内容を女に語り聞かせる。その神託とは、鉄輪(五徳)の三本の脚に火を灯し、顔には丹を塗り、体に赤い衣をまとって怒りを維持すれば、女の望みは叶えられるというものだった。それを聞いて、神託通りの身なりをするために家路に戻ろうとする女。折りしも女の心情に呼応するかのように、黒雲と嵐が巻き起こり、美しかった女の姿は、天を突くが如く髪が逆立ち、恐ろしい形相へと変わる。
雷鳴を聞きながら、女は確信したのである。自分が怨みの鬼となることを神も許してくれたに違いない。これで思う存分夫たちに復讐できるのだ、と。一方、陰陽師(占い師)の安倍晴明(ワキ)のもとへは、下京辺りに住んでいるという男(ワキツレ)が訪ねてくる。
男は最近、夢見が悪いため、晴明に夢占いを頼みに来たのだ。この男こそ、最前の女が復讐しようとしている夫である。男は二人の妻を持っていたが、そのうちの一人を別離していたのだった。
男の人相を見るなり晴明は、女の怨みを受けていることを見破り、このままでは今夜にも女によって取り殺されてしまうことを示唆する。そこで、男の命を救うべく、大掛かりな祭壇を用意して、儀式が執り行われることになった。
男と後妻との名前が入れられた人間大の茅人形が、御幣や供物で飾られた高棚にしつらえられる。その前で、晴明の朗々とした祝詞が始まった。すると、やがて嵐が巻き起こり、稲妻が光り、辺りは身の毛もよだつ空気に包まれる。鬼女(後シテ)と化した女が現れる。鬼女は、幾久しくと信じて契りを結んだ男に裏切られた怨み、その男を忘れようとして忘れられない苦しみなどを述べると、後妻に仕立てた人形の髪をつかみ、杖で打ち始める。そして、次に夫を懲らしめようと人形に近づいていったとき--、鬼女の目に止まったのは、祭壇の前に陣取った三十体もの神々だった。神々の迫力に、さしもの鬼女も神通力が萎え、足元もおぼつかなくなる。だが、「また巡りあう事もあるに違いない。その時を待つとして、ひとまず今回は戻ろう」と言い残すあたり、怨みの心までが萎えたわけではないのだ。
▽登場人物
❁前シテ:丑の刻参りの女 ❃ワキ 安倍清明 ❃ワキツレ 下京辺りの男 ❁アイ 貴船神社の神職
❁後シテ:鬼女
▽面 ○前シテ 鉄輪女 ●後シテ 橋姫(怨霊面)
▽曲柄 四番目物 鬼女物
▽形式 複式夢幻能
▽主な場面
☆丑の刻参りをして鬼と化した女
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▽見どころ
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