この能の作者と作品背景。

平家物語巻1~3の「鹿ケ谷の変」の顛末を典拠としている。原作に忠実である。この能の作者は不詳であるが、世阿弥でないことは確かである。近年の研究では金春善竹か観世十郎基雅との説もある。
五流にあり。喜多流では「鬼界島(きかいがしま)」、他の四流では「俊寛」 という曲名で演じられている。
背景となっている鬼界島は今の鹿児島県の南方洋上に位置する硫黄島といわれています。(第2次世界大戦の激戦地となった硫黄島とは同名の異なる島で、薩摩硫黄島とも呼ばれている。)
※鹿ケ谷の変・・・西光法師、新大納言成親を首魁とし、ここで取り上げられている3人らが平家転覆を図ったクーテーター計画。

見どころ。

能の曲目で悲劇の象徴といえば、①隅田川・・・・・女性的な人情世話物的愁嘆そして②俊寛・・・・男性的な歴史的悲傷があるが、どちらも能の演劇性をよく表している。この曲のテーマは「剛直と未練」であると言える。
俊寛の赦免状に寄せる期待感から自分の名がないことを知っての落胆。そして、怒り、悲しみ、絶望に至るまでの心理の屈曲が鮮やかに描かれた、能としては極めて写実的な演目に属します。また船の作り物も大変効果的に使われています。そしてこの能には、この能だけに使われる専用の面があります。俊寛の屈曲した心情、いまおかれている境遇、こういったものを上手く表しえた個性的な面といえます。
決して派手に流れない、抑制された動きと、深い波のうねりにも似た、よく調えられた謡が、その絶望を淡々と、くっきりと描き出していくのを見聴きするにつけ、能の表現の凄みを感じます。

《前場》

ワキ登場。
・名宣笛で赦免使登場。アイ(船頭)が付き従っている。
・装束 上着:素袍上下、着付:段熨斗目(だんのしめ)、小刀、扇、烏帽子。
※素袍(すおう)
男役に用いる上下揃いの広袖の上着。直垂を着る役よりも格の低い役で使われる。
※着付・・・・・内側に着る衣装。
・入道相国・・・・・太政大臣 平 清盛をさす。
ここでは中宮安産の祈祷のため非常の大赦が行われ、鬼界が島の流人にも赦免が出る旨を口上する。
非常に短いが、京都での名ノリで《前場》の終了となる。

中入り

《後場》

・登場音楽は「次第」の囃子である。
・場面は変わって鬼界が島(別名硫黄島)となる。
ツレ登場。
・丹波少将成経
・装束 水衣、着付・無地熨斗目、腰蓑、扇。

・平判官入道康頼
・装束 角帽子(すんぼうし)、水衣、着付・無地熨斗目、腰蓑、扇、数珠。・・・出家の身であることを表している。
※腰蓑はみすぼらしさを表している。

・「神を硫黄が島なれば~」・・・・「神を祝う」をかけている。
・願も三つの山ならん・・・・三つの山とは、熊野権現の三社を表している。
☆二人のやりとりは、信心深い二人が熊野権現を呼び迎え参詣している(まねごとではあるが・・)ことを表している。
!但し、俊寛はこの参詣に加わっていない。(不信心であり、剛直な悪僧魂とでも言おうか・・・)

シテ登場。
・登場音楽は「一声」の囃子である。
・装束 水衣、腰蓑。   ※黒頭は髪が伸び放題であることを表している。
・面は「俊寛」という専用面である。
※漢詩を使い、俊寛の境遇を表現している。このような異境で果てても悔い無しとでも言いたいのだろう。この傲慢とも言える姿勢が、後半の「未練な」俊寛を際立たせている。
・谷から汲んできた水を長寿の酒にみたてて酌み交わすような、逆境においてもなごやかなひと時であるが、むしろここでは3人の負け惜しみの心境を表していると言える。

・やがて都での生活を懐かしみ、この生活がいつまで続くのかを嘆く。
・「落つる木の葉の盃~」・・・・・水桶を使って受け止める型。
※扇で受け止める型もある。

「一声」の囃子でアイが船の作り物を持ってくる。・・・・・これに赦免使が乗ってくる。
橋掛かりは「海」を表しており、本舞台は鬼界が島の陸上を表している。

!俊寛は明らかに他の二人とは違っている。
「後の世を待たで鬼界が島守となる~・・・」
死んでもないのに、鬼界ヶ島の島守になってしまった。鬼の住む島に来てしまった。冥土から冥土にそのまま入ってしまった。鬼界が島へ流されても神ヘ歩を運ぶ、成経、康頼の二人とはあまりに違う心です。

ワキ登場。
そこへ赦免使が現れます。期待感に満たされる俊寛。その赦免状の中には、自分の名が含まれていることを当然のことと決め込んでいる余裕を演出しながら、康頼に中身を読み上げるように促す。だがそこに自分の名がないのを知ると、俊寛は呆然とする。
自分だけが赦免状に名前のないのを知り、そんなはずはないと何度も赦免状を調べますが、どこにも名前はなく、焦燥感に震えるばかり。

恨みと悲しみの表現・・・・謡の聞きどころです。
・「此ほどは三人一処に有りつるだに~・」・・・・・・「クドキ」と言われる謡。
・「時を感じては。花も涙をそゝぎ。別を恨みては。鳥も心を動かせり~・・・」・・・・・「クセ」



そして・・・・必死の願い。
「公の私といふ事のあれば~」・・・・公務であれども私心が加わっても良いのでは・・・・・・。
なぜ俊寛だけが・・・・
俊寛は実のところ清盛の取立てによって世に出たという経緯がある。にもかかわらず、恩を仇で返そうとしたというので、清盛の俊寛に対する怒りと復讐心は他の二人とは比べものにならないのである。

このあたりの場面は曲のクライマックスというべきところで、俊寛が赦免状を手にしながら口説くところが見所、聞き所です。

やがて他の二人は船に乗り、赦免使ともに島を離れる。
平家物語巻第三「足摺」には船出する時の様を「船のとも綱に取つき、船に引っ張られ、水に入って行き、足が立たなくなると船に取つき…、都からの使いに手を引きのけられ、俊寛は渚に上がり涙に暮れその夜はその場所に明かしたとの事です。しかし、能ではこのような見苦しい場面は描かれていない。蒼白な孤独感にくずおれていく、剛直でしかも弱い男のイメージが損なわれて、なにやら子供じみた人物という感じが出てしまうからである。

!?!遠ざかっていく船を見送るこの距離感は橋掛かりと本舞台を使った独特の空間演出と言える。

俊寛の悲哀の情を地謡の謡が見事に表現している。
以上

能曲目鑑賞ポイント解説

俊寛