この能の作者と作品背景。
現在能、四番目物。宮増(みやます)作とされている。この作品の典拠は、「曽我物語」です。
宮増(みやます)は、能「調伏曽我」「小袖曽我」「鞍馬天狗」「烏帽子折」「大江山」などの作者ながら、その正体はほとんど明らかでなく、「謎の作者」と言われている。その作風は、面白味を重視した演劇性の強い作品が多い。
室町後期にかけ、宮増姓を名乗る「宮増グループ」と呼ぶべき大和猿楽系の能役者群が活動しており、近年の研究では能作者「宮増」はその棟梁を務めた人物、あるいはグループに属した能作者たちの総称であるとも考えられている。

能の演目には「曽我物語」、「吾妻鏡」を典拠とし、曽我兄弟の敵討ちを題材とする“曽我物”と呼ばれる作品群が有ります。
曽我物語を題材とした中でも最も劇的で大がかりな曲である。
●その他曽我物:調伏曽我 、元服曽我、小袖曽我、禅師曽我
※廃曲:切兼曽我、十番斬、伏木曽我。この他数曲。

「夜討曽我」の見どころ。
①十郎と五郎が母親に宛てた手紙と形見の品を団三郎と鬼王に渡す部分が最大の見せ場です。単に向き合って地謡が謡い続けるだけなのですが、最期の別れだと思うとジーンと来るものがあります。
兄弟の絆と主君の絆。複雑な人間模様を美しく描いた前半部分と冨士の巻き狩りで、夜陰に紛れ父の敵を討ち最後まで勇壮に戦う後場のコントラストが絶妙である。

②「十番斬り」という特殊な演出。
★曽我物ではそもそも「十番斬り」という能があったが、上演されなくなってしまったものを観世流では、その一部を変えて取り入れている。

③幽玄(通常は能の代名詞である)ではない能のたのしさ。
・時間の経過とともにドラマが進行し、対話の多い作品である。幽玄さの代わりにワクワクしたり、見る者の涙を誘ったり・・・・と、これも能を見る面白さであり、大きな魅力のひとつと言える。

④前場のシテが両シテであり、登場楽が「次第」、後場のツレ登場での「一声」、その後ワキ登場・・・・構成が少し違う。


《前場》
■お囃子~次第で始まる。本来はワキ登場の囃子であるが・・・
次第は大鼓、小鼓が中心、笛はあしらいで場面導入のための登場音楽の一種である。太鼓は入らない。
※能ではこれから登場する人物を象徴する様に様々な登場音楽がある。登場人物の性質によって軽快に演奏されたり、静かに重々しく演奏されたりします。何もない非写実のなかで繰り広げられるドラマ・・・・そのキッカケを与えるのが、登場音楽である。

■前シテ、ツレ登場。
・物語の舞台は駿河の国の冨士の裾野である。征夷大将軍となった頼朝はその権勢を示すために、大勢の御家人を集めて、この地で特に大規模な狩を行った。
・まず「シテ」である兄曽我十郎祐成、そしてその弟の曽我五郎時致が登場する(この曲では両方シテである。普通は時致がシテとなっている)。次にツレである家来の団三郎・鬼王が登場する。
・「地トリ」の後、「道行」を謡い目的地に着く。
※彼らの父親は「伊藤」姓であったが、工藤祐経に斬られ死亡しため、母親は曽我氏と再婚した。従って彼らの姓は曽我である。因みに、その後工藤は「伊藤」を名のり、有力御家人となっていった。

①見どころ
狩場で二人は、死を覚悟の上で父の敵祐経を討つ決意したが、ひとつだけ心残りなこと・・・・それは、母親にこのことを伝えてこなかった。→家来の一人にと思うが、結局団三郎・鬼王兄弟に形見の品を届けさせようとする。

しかし、二人は主人を置いて去ることを拒む。言うことを聞かないので、五郎は刀に手をかけるが、二人は悩んだ末互いに刺し違えて死ぬと言う。再度説得し形見を持ち、帰ることになる。
②見どころ
《クセ》・・・母への形見を託す様子が地謡によって語られる。寂しい光景です。
・さる程に兄弟~
☆クセ:長い謡。叙事的で大部分は地謡によって謡われる
・家来が曽我に帰る後姿を見送る。

◎早鼓
大・小鼓で打つ急テンポの演奏で、この間に前ジテなどが退場し、すぐに間狂言が登場するもの。「早打」のアイの登場前後に奏される。斬組物など勇壮な曲で用いる。
※小鼓がゆっくりと打ち続けるなか、そこへ大鼓が音を入れ込んでいく。→段々緊迫感が増して行く様子が、鼓の音と間によって表現されている。

中入り
No.2
アイ狂言
「狂言早打」と呼ばれるもので、武士の下人などとして登場し、事態の急を告げるもの。
1.神主:女物の小袖をまとい、手には女帯と尺八を持っている。なんとも情けない格好である。何故尺八なのか?
・祐経が曽我兄弟に斬られる場に居合わせて、命かながら逃げて来たところである。
2.狩場の夜回りの者。
この狂言のなかで、祐経が討たれたことが表現されている。神主は呼び止められて、夜討の様を語り、刀と帯だけを持って逃げ出して来たと言う。狩場の男は、神主の背中が斬られているとか、曽我兄弟が追って来るに違いない、などと言うので、神主も後を追って逃げて行く。
アイ退場

《後場》
スタートから「小書」の「十番斬り」となる。常とは全く異なる詞章となる。
・祐経の家来との斬りあいの場面→「斬組」と呼ばれる。決まった型がある訳ではなく、公演ごとにその都度考えられている。

●後シテ十郎祐成登場。・・・・
・大鼓と小鼓はノリよくリズミカルに演奏し、笛は拍子に合わない譜を吹く。
・斬られた人は、宙返りや真後ろに倒れたり、安座したり・・・・そして切戸口から退出。非常にリズムがある。
▲「斬組」の醍醐味。
・次第に本舞台だけではなく、橋掛かりでも同時進行で斬りあうなど、大勢が入り乱れながらも、整然と美しく、尚且つ迫力のある斬り合いのシーンである。

ワキ登場。
・非常に変則であるが、ここで「ワキ」登場である。ここでのワキは殆ど声を発しない。
新田(仁田とも書く)四郎が十郎祐成と戦い討ち取る。 
★烏帽子や笠を置くことで、首が討ち取られたことを表現している。
・仁田が首を抱えて幕入りすることで、後は通常の演出に戻る。

後ツレ登場。・・・・
・登場楽は「一声」であり、大鼓、小鼓が囃し、笛があしらう。静寂感と躍動感を交差させている。普通はシテ登場で演奏される。
・古屋五郎、御所の五郎丸がツレとして登場。他に縄を持った兵が2人であるが、おびただしい数の兵隊がいるという前提です。
→4人が本舞台に入った際の囃しは早笛である。
※早笛
「ヒシギ」という最も高い音から笛が始まり、拍子にあった譜が吹かれている。笛を主とした急テンポに演奏される囃子。後シテ、後ツレの登場に演奏される勇壮な曲である。

後シテ五郎時致登場
・幕が上がり、右手に抜いた刀を持ち、左手に松明を振りかざして登場する。
・謡のなかで「味方」という表現があるが、これは頼朝の側からみた表現であって、五郎の味方という意味ではない。
・そそれぞれの物着・・・・・五郎丸は女装、五郎はハチマキ。
・橋掛かりでは暗いので、薄衣の五郎丸を女と思い見過ごす。

●何故「めでたけれ」なのか?
・頼朝側からみれば、彼らは狼藉者である。それを捕縛したことを祝ったためである。
以上

能曲目鑑賞ポイント解説

夜討曽我