❒能における道成寺の位置づけ
・能学師の「卒業論文」とも言われる曲でこの曲を披く(初演)ことで、はじめて一人前の能楽師として認められると言われているが、むしろ一人前の能楽師となるためのスタート地点・原点ということこそふさわしい。
乱拍子、鐘入り、急の舞など能の基本を中心とした特殊な技術が網羅されている。基本をはずすと・・・この曲は成り立たない。
・道成寺が表現しているものは・・・・一人の少女の一途な「人を思う純粋な心」です。
・紀州道成寺に伝わる、安珍・清姫伝説を基にした作品。乱拍子を中心に再構成したものという。
後にこの能の『道成寺』を元にして歌舞伎の『娘道成寺」や浄瑠璃の『道成寺』などが作られた。
❂《前場》
◎鐘を吊るす。(立って行っても良い)・・・鐘後見で行う。
流儀によって異なる。
☆下掛三流(金春・金剛・喜多)・・・曲の中で鐘を吊る。演劇の一部である。
作業そのものに緊張感がある。←雰囲気作り。
※安土・桃山時代には滑車を使用していた。昔から怪我人が多い。
☆上掛二流(観世・宝生) ・・・前もって鐘を吊る。
◎アイ狂言(ここでは山本東次郎)の役割
「触れ」・・・みんなに「女人禁制」をふれ回っている。
「鐘楼固め」・・・・鐘の周りを四角に歩く→「聖なる空間」の位置づけ。結界を作る。
※言葉に重厚さ→言霊
※シテ登場までの雰囲気作り。
○シテ登場・・・・白拍子
■白拍子とは・・・・女性が男装して舞う人のこと。ここでははっきりさせるため「烏帽子」を途中からつけている。
使用している面は越智作の近江女である。この面の特徴は男に対して情が深く、また裏切られた恨みも強く持ったあやしく執念深い女性の面である。通常は若女、小面などを使用するが今回は「可愛らしさ」を抑える意味がありそうである。
・揚幕後正面を向いて立っている。→正面の神様に挨拶。→右うけ。※初めから緊張感あり。
登場後いったん止まる(通常は立ち止まらない)。→「うまく白拍子に化けられたか確認している。」?
・本舞台でなぜか後ろを向いてしまう。そして・・・シテが謡→地謡が同じ謡を繰り返す(地ドリという)・・・そして
・同じ詞章をを3回繰り返す(これを3ベン返しという)→重い曲を表している。
◎乱拍子に入る直前の見どころ。
・着替え・・・・舞台上で簡単な装束替えを行うことを「物着」という。大鼓と笛だけの「アシライ」のなかで・・これはその後に待ち構えている「乱拍子」に備えて小鼓を休ませているという説もあります。
◎乱拍子・・・独特の足使い。白拍子の足芸が由来か?←間をはかりながら小鼓に合わせ一歩ずつ一歩ずつ三角に回る。
この場面はよくシテと小鼓の一騎打ちなどと言われているが、実際はそうではなく競演のハーモニーでしょう。
何度も稽古を積み、息を盗み・・・そしてシテの気持ちを間で伝えている。
「ホー」「ヤー」以外は静寂の空間である。
・小鼓の成田さんは幸流であり、掛け声は短い(幸清流、大蔵流は長い)。彼はまだ若手であるが、声、間、音、気迫がすばらしく、天才と言われた幸 祥光(よしみつ)の再来と言われている。
・意味するもの・・・・道成寺の石段を蛇が登っていくさま?
・小書演出の初めが右手で扇子を持ち前にだしながら、左手に持ち替えた時の足拍子が通常と異なる。
今回の小書演出の二番目が謡の♪道成寺とは・・・・のところで足拍子を踏まずに後ろへ向きを変えているところである。
女性の気持ちを中心として「やわらかさ」を強調して表現しようとしている。
・行動パターンが通常と違う。通常は前→左→元へであるが今回は後ろに下がっている。
・急の舞・・・今までの「静」から一挙に「動」へ移行する。大鼓の一調/・・・・舞事
※今までの感情を一気に爆発させる。この時点で全ての人達のベクトルは全て゛鐘入り″へと向かう。
◎鐘入り
鐘の中では全ての行動は決まっています。手順の第一は「いきなり行動せず、まず呼吸を整える」です。
装束の着替え、面の取替え、後場への準備等々であるが、大事なことは「自分は一人の恋する娘」であることは持続して
いなければいけないということである。
今回の地謡は充実しています。
❂《後場》
○後シテ登場
・ウロコ箔の装束は「蛇」を表している。
・般若・・・女性の悲しみを含む「恐ろしさ」の表情。決して恐ろしさだけではない。
・色おとし。
・衣装
下掛三流」は通常唐織を使うが、観世では糸巻車に枝垂桜を使用・・・しかし、今回は「向鶴菱」を使用。
※向鶴菱・・・・・足利将軍より。家元継承などの慶事につかう。
・謡・・・・七五調・・・・体内時計。
嬉しさや さらば 舞わんとて
あれにまします 宮人の
烏帽子を しばし 仮に着て
既に拍子を 進めけり
花の外には 松ばかり
花の外には 松ばかり
暮れに初めて
鐘や響くらん
❑道成寺