能曲目鑑賞ポイント解説

この能の作者と作品背景。

平家物語における源頼政の鵺退治が題材である。鵺を主人公にした哀感ただよう詩情豊かな作品である。この作品の背景にあるものは、世阿弥の人生の後半における境遇だと思います。華やかな中央の舞台から佐渡への配流、息子元雅の客死、と失意のどん底の人生を送っています。頼政と怪物鵺・・・・これらに共通するのは敗者としての屈辱です。

この作品は世阿弥の晩年の作と言われています。『井筒』など美しい幽玄の世界を築きあげた世阿弥が六十代後半で都に戻って、この鬼の能を手がけたのは、中央勢力から押し 出された世阿弥の鬱屈があったのではないかと思えます。佐渡に流された無念の思い、作者世阿弥は頼政、怪物鵺の影に隠れながら、切実と自分の恨みを訴えかけているのではないでしょうか。

『鵺』は五番目ものですが、『紅葉狩』や『船弁慶』などとは趣が違います。幽玄の流れを引きずりながら鬼の能の再考を試みているような気がします。その作りは格別の上手さです。サシ、クセ、ロンギなどの構成は、『井筒』 などと似て、他の五番目ものには見当たりません。『鵺』は単に、頼政に退治された鵺の仕方テンポよく体を動かしていればよいのではなく、老いた世阿弥の深い思いを汲み取って演じなければならないと思います。

※鵺とは、現実にはトラツグミという鳥のことを指します。能に出てくる鵺は、頭は猿、手足は虎、尻尾は蛇(平家物 語では胴体が狸)という妖怪で、鳴く声がトラツグミに似ているから鵺と呼ばれたといいます。人の口笛に似て悲しげだといいます

この作品の見どころ。

①前場のクセで源頼政が鵺を矢で射って殺するところを詞章にあった動作で表現している。(抑制した力の表現で)

②後場の鵺が射落とされる勇壮な描写、 頼政の武勇を称える謡、そして流され敗れ去ったものの哀愁が展開される。(抑制が開放された力強い表現)
※頼政の功名と鵺の暗い境涯を対比させている。

③後シテが鵺と頼政を入り乱れ演じ、討 つ側と討たれる側、この全く正反対のベクトルを持つ両者を演じていくうちに、いつしか両者は演者の中で重なり合っていきます。
全体の流れ

1. 囃子方が「次第」という曲を演奏する中、舞台に旅の僧(ワキ)が登場します。
2. 里の男は、この辺りの厳しい掟のため旅人に宿を貸すことは固く禁じられていると断りますが、僧に同情して川そばの御堂を教える。
3. 里の男が僧の様子を見にやって来て、頼政の鵺退治の話をします。男は僧に鵺の弔いを勧めて去って行きます(間狂言)。
4. 僧は経をあげ始めます。
5. 鵺の亡霊の出現。
6. シテが橋掛リから揚げ幕へ退場し、ワキがその後に続きます。≪前場≫

ワキ登場
登場楽は「次第」

装束:角帽子(すみぼうし)、水衣、着付・無地熨斗目、腰帯、扇、数珠

前シテ登場
登場楽は「一声」。
「次第」よりも少しノリが良い囃子となつている。
装束:黒頭、水衣、着付・無地熨斗目、腰帯、扇、櫂棹(かいざお)

僧と嘆き悲しむ鵺との問答
・自分が頼政の矢にかかって命を落とした「鵺」というの怪物の亡霊であることを告げ、弔いを依頼する。
・僧は快く引き受け、『易き間のこと跡を弔おて参らせ候べし。その時の有様御物語候へ。』と鵺に伝える。

クセ→「平家物語巻第四ぬえ」の文章がほぼそのまま採り入れられ、頼政の鵺退治の様子が描かれます。シテは居グセ。
クセ・・・一曲の中で最も重要な部分。中音又は下音で始まり、前半は中音を主にして謡い、後半は上音を主にして謡う。
鵺の正体や心情は語られず頼政の活躍だけが語られます。鵺の姿のままのシテが頼政になって弓を引き、射落とされた鵺を郎党、猪の早太が走り寄り刺し殺す、二人の役を一人で演じます。殺された鵺は、その暗い境涯を暗示するかのように空船に乗り暗闇に消え前場を終えます。
平家物語がほぼそのまま引用されているため、出典の平家物語に鵺の正体については語られていないので、このような形になるのでしょう。≪後場≫

後シテ登場~・鬼畜、鬼神の出で立ちで登場します。
鵺出現の後は三つの場面に分かれます。鵺姿のシテ一人が三役を演じるので、混乱するところです。
登場楽は「出端」
「出端」:後場にだけある静寂と躍動感を交差させた登場音楽。神・鬼畜・幽霊などの非人間の役に使われる。必ず太鼓が入る。

・装束:赤頭、法被、着付・厚板、半切、腰帯、扇、打杖(鬼女、鬼畜の類の持ち物です。)

一人三役・・・・・・・頼政と鵺の明暗。

闇の霊界より御殿に飛び覆い帝を悩ます鵺を演じ、頼政の放った一矢を境に演者は頼政と変わり、両者の明暗を演じ分けます。

⁂怪物としての存在感を誇示
・「仏法、王法の障りとならんと~」と言いつつ舞台を一巡、皇居の上を飛行して天皇を苦しめ頼政の矢先にかかって地に落ちたと舞台の端に崩れ落ちます。
・帝から下賜の剣を宇治の大臣が代わって受け「ほとぎす名をも雲居に上ぐるかな」・・頼政の武勲と歌人でもある頼政の文武を讃えます。
シテ一人が頼政と宇治の大臣を演じます。

⁂怪物鵺は矢で射られ、船に押し込められ・・・・。
・頼政に射殺された鵺は虚舟に押し込められます。角柱から舞台中央へ、さらに橋掛の方へ「流れ足」を使い、二回転し膝をつきます。淀川を流れ下り浮洲に流れかかって朽ち果ててゆく様を表します。

⁂そして海中へ・・・・。
・シテは扇を開き、ワキ座前から一ノ松へ「招き扇」で行き、飛び回って膝をつき袖を頭上にかけトメます。
「招き扇」は後世を月の光のよう照らしてほしいという意味の表現。袖をかずくのは海中に沈んだことを表現しています。

以上

❑「鵺」