この能の作者と作品背景。

観阿弥、世阿弥親子の合作といわれる。前半部分の優雅さは観阿弥らしく、後半部分の荒々しさは世阿弥が手を入れたことを感じさせる。

原作となったのは、万葉集に収められている高橋虫麻呂の長歌である。この長歌は芦屋の菟名日少女(うないおとめ)が二人の男に同時に愛され、葛藤に苦しんで 自殺するという歌物語であるが、後に大和物語の一節が、この長歌をもとにして悲恋物語をつくった。それが後に生田川伝説につながった。観阿弥はその生田川 伝説をよりどころとして、この曲を作ったのだと思われる。

この作品の見どころ。
①場面の変化が対照的・・・・・この曲目は前場では美しい菜摘みの光景を見せ、一変して後場では凄惨な地獄の責めを苦を描き出す。
※余りにも陰惨を極めた舞台ゆえに観世流では長い間、廃曲扱いとされていましたが、戦後見直され復曲された謡曲です。

②言葉と謡いだけで、表現される情景・・・里女だけがその場に残り求塚のいわれを語っているうちに、突然「その時わらは思ふよう」と莵名日処女の亡霊が取り憑く。地獄での化鳥が莵名日処女の目や脳ミソを、くちばしで突つく残酷な状況が語られる。

③地獄の責め苦にあうシテの所作がリアルすぎる。
④最後には供養をされて成仏出来するという物語が多い中、この曲目はまるで救いがない。


全体の流れ。
1. 西国への旅の僧(ワキ)と従僧(ワキツレ)が登場する。
2.里女(シテ、ツレ)が若菜摘みの扮装で登場し、一の松と三ノ松にそれぞれ立ち、謡のあと舞台に入る。
3. 舞台では、若菜摘みにかかわる古今集などの歌を謡う。
4. ワキが里女たちに「求塚」のことを尋ねるが、そっけない態度である。
5. やがて里女たちは帰るが、一人だけその場に残り「求塚」について語り始める。
6. 突然里女が「其時わらは思ふやう・・・・・」と・・・。
7. (中入)アイの語り。
8. シテが塚の中から現れ、地獄の責め苦の数々を語る。
9. 語ったことで少し心が楽になったのか、シテは姿を消す。しかし、決して成仏したわけではない。

≪前場≫

「次第」登場楽・・・・人間の登場なので、リズミカルにならないように演奏されている。
・舞台には塚の作り物がある。これは菟名日処女の墓を表しているが、この時点ではまだ見えないことになっている。

大鼓はリズムの骨格を打ち、小鼓はその間を飾りながら、そして笛が所々で吹かれ、それぞれのリズムが組み合わされている。
太鼓は前場では参加しないが、始めから出ている決まりである。

ワキ・ワキツレ登場
西国への旅の途中の僧(ワキ)と従僧(ワキツレ)が登場。

塚しかない非写実のなかで、「ここがどこで」『季節はいつで」「自分たちは何をしょうとしているのか」を謡いと詞で説明している。

次第謡
・ワキとワキツレによる「次第」の謡が向かい合って行われる。
「ひなの長路の旅衣~・・・・」・・・・ワキツレによりワキより高い音域で謡われたあと、地謡が「地トリ」をおこなう。

道行謡
つづいて・・・
・七五調で「旅衣八重の塩路の~・・・・」を謡い、ワキツレが繰り返し謡う。
重要な役ほど低い声でゆっくりと謡うのが決まりである。
・ワキが数歩前へ進み、そして元の位置へ戻って旅立ちから「生田」までの旅が完成。

・見渡すと「若菜摘み」の女たちが見えるので、生田の名勝を聞くために、そちらの方へ行く。⇒ワキ座へ。

「一声」登場楽。
・登場するのが、若菜摘みの乙女たちなので、「次第」よりも少しノリが良い囃子となつている。


前シテ・ツレ登場
◎ツレ登場
・面:小面(可愛らしい)
・装束:白水衣(薄い絹を使っている。労働をする人を表している)、縫箔。
水衣は位の高くない人物の役に用いる広袖の表着である。
・手に扇、籠を持っている。
No.2
◎シテ登場
・面:若女(気品がある)・・・・・観世流では、女性をシテとする役で使用する。この面は江戸時代の河内の作。
観世流には十世大夫重成が江戸初期の面打ち師「河内」に「若女」の面を打たせるまで、若い女性の面がなかった。
・装束:白水衣、縫箔。
・籠を手に持っている。

◎橋掛かりで謡イッセイ・・・・橋掛かりでの謡は、ワキより遠く離れていることを表している。
・一の松と三の松に立ち、「向き合って」シテ、ツレが一緒に謡を始める。この松は演技の目安でもある。
ツレだけで謡う場合は、客席を向いて行う。(細かく決められている)
ここでもツレの声は、シテよりも高い。

若菜摘みはよく知られた行事で、その情景が「古今集」などで取り上げられている。よく知られている和歌をあげながら謡われる。言葉だけでなく音楽としての価値もある。
若菜摘みはウキウキした気分だけで謡うのではなく、寒い中での辛さも表現している。

・「若菜摘む。いく里人の跡ならん雪間あまたに野は成りぬ」は低音域で。。
・上歌「道なしとても~・・・・・」では、高音域で華やかに謡われている。

シテ、ツレ本舞台へ
・謡の中でシテが右側を向くのは、「生田の森」の方角を表すためである。次に生田川、小野と表現する。
シテの視線を通じて、「生田の森の木立」を私たちは見るのである。
⦿これに合わせて、ワキも一緒にあちこち見渡す。

・舞台には何も背景がないため、この表現は効果的である。

求塚とは?・・・・・そっけない応答
上歌で地謡による「情景描写」が低音域で謡われ、シテのみでの所作となる。⇒見せ所であり、聞かせどころでもある。

・「春たちて朝の原~・・・・」(拾遺集)より、あちこちで取り上げられている「若菜摘み」の和歌を引き合いにした地謡とのかけ合いとなる。

✡求塚と若菜摘みは直接関係ないが、後場での悲劇が強く印象づけられる効果を考えて、あえて「明るさ」「のどかさ」の演出がされているものと思われる。

不思議にも里女たちが帰りにつくが、シテ一人がその場に残る。⇒求塚に案内するためである。
ここで初めて「塚」がクローズアップされる。

❒求塚の由来をワキがシテに問うと・・・・・・

・菟名日少女の話をたんたんと始める。次第に堪えられなくなり、「ふっ」と声が低くなった瞬間「其時わらは思ふやう~・・・」と本性を表す。
鼓も笛も入らず、言葉の調子と緩急だけで謡が表現されている。

菟名日少女の自殺後の状況は地謡が。
・地謡の「・・・・二人の男は~・・・」の部分でシテが彼らに代わって所作を行う。
刺し違えたのは男たちであるが、シテがそれを見ている様な所作である。←太鼓が効果的。
・成仏できない少女が僧に助けを求めて「塚」へ入る。
アイ登場

・シテは、この作り物の中で装束、面を替えるため「時間稼ぎ」が必要である。

≪後場≫

僧達による読経が行われる。

「出端」登場楽。・・・これからどのような役柄が登場するか・・・
※後場にだけある静寂と躍動感を交差させた登場音楽。神・鬼畜・幽霊などの非人間の役のシテ又はツレに使われる。必ず太鼓が入る。
・太鼓の「コツコツ」という規則的に打つ音と笛の鋭い根色があの世の霊魂を目覚めさせる。
テンポがゆっくりしているのは、重い罪業を背負った女が登場するため。作品が大切に扱われている。

シテの地獄の責め苦。
・「おう野人稀なり野人稀なり。わが古墳ならで又何者ぞ。骸を争ふ猛獣は~・・・・・」⇒うめく声である。(強吟)⇒壮絶な場面。
メロディーよりも息の強さで。
・「あらえんぶ恋しや~・・・」・・・読経の効果が少し出てくるが、この世が恋しい女は成仏できずに迷っている。

地獄の責め苦を謡う。太鼓は外れる。
・「されば人一日一夜をふるにだに。・・・・・」←大・小鼓、笛だけの囃子。
後シテ登場
・面:霊女(りょうのおんな)・・・・・日氷の作で地獄の責め苦で顔が歪んでいる。通常の「痩女」よりも悲惨である。
・装束:縫箔。この装束は先代宗家が作ったものである。
・籠を手に持っている。
・求塚扇・・・・この曲でしか使用しない。
・お経のおかげで少し楽になるが・・・男たちの亡霊が左右の手を引っ張る。オシドリが頭を突き、隋を食らう。

「而して起上れば。獄卒は笞を当てゝ。追立つればたゞよひ出でて。・・・・・」娘の苦悩を地謡がじっくり謡上げる。

「地獄の責め苦」を語ることが、「懺悔」にもなるであろう。しかし、成仏はしない。
以上

能曲目鑑賞ポイント解説

❑「求塚」