能曲目鑑賞ポイント解説

能「屋島」の作者・背景

現行では能曲目は250番程度と言われているが、このうち平家物語を題材にしたものが40番あり、さらにその中で16番が「修羅物」と言われるものである。この「屋島」は世阿弥の書いた修羅能の傑作である。世阿弥はほかに、通盛、敦盛、清経などの傑作を作っている。
屋島は、源平の戦における、義経の勇敢な戦いぶりを描いたもので、晴れやかさと躍動感に満ちている。勝修羅と呼ばれ、田村、箙とならんで三大勝修羅といわれている。
世阿弥はこの作品を、平家物語巻(まき)十一の「屋島合戦譚」を題材にして、陸と海で繰り広げられる合戦の模様をダイナミックに描いている。一番油の乗り切った義経の姿とも言える。
「修羅能」・・・戦死した人が落ちると考えられていた「修羅道」で苦しむ武士の亡霊の能である。合戦では大勝利したが、反面で義経は「修羅道」で苦しんでもいた。
たとえ「修羅能」でも「花鳥風月」にことよせて優美であるべきと「風姿花伝」で述べられているように、海辺の春の宵の美しさがたっぷりと表現されている作品である。

見どころ

①戦語り「錣引き(しころびき)」・・・・・シテとツレ
海の平家と陸の源氏が向かい合う場面、平家の荒武者景清が、源氏の武将三保の谷に襲い掛かるところである。話が進むにつれ、シテとツレとが双者に成り代わり、互いに戦いの駆け引きを演ずる。前半の見せ場である。
②戦語り・・・小書:那須与一語り・・・・間狂言
③戦語り・・・一人称の語り。・・・・シテ。
ここでは小書「弓流し」「素働」のシテの動きに注目して欲しい。
④戦語り・・・修羅道における語り。

≪前場≫

場所:讃岐の国屋島
季節:実際の屋島合戦は2月18日であるが、能では3月である。これは春爛漫の様子、春の光が満ちあふれる季節感を描くためであろう。

ワキ・ツレ登場。・・・「都から来た」ということがポイントである。没個性である。
・登場楽は「次第」。普通の人の登場なので、穏やかな感じの囃子である。
・装束:角帽子、水衣、着付・無地熨斗目、腰帯、扇、数珠。
ワキツレは基本的にワキに準じる。

✪「3人」というのは、ここで起こったことが、個人的に体験したことではないということを保証する意味合いもある。

シテ・ツレ登場。
・登場楽は「一声」。リズムに乗っているが、ゆったりと奏でている。
・ツレ(漁師)は正体不明の人物である。この後どこにも出てこない。
・面:笑尉
・装束:尉髪、水衣、着付・無地熨斗目、腰帯、扇。釣竿。・・・・腰蓑をつけず、スッキリした印象を与えている。
ツレは基本的にワキに準じる。

✪前シテはなぜ「老人」なのか?
長い時を生きてきて、様々なことを知っている人物の方が説得力があると考えられていたからと言える。

シテ・ツレは春の宵の海辺の風景を謡う。のどかな春の夕暮れ時の様子が描かれている。

❒塩屋の主が帰って来て・・・
・ワキ達が一夜の宿を求めて声をかける。ツレが間に入って、ワキとシテとの取次ぎをするが、シテは始めは見苦しい宿であることを理由に許そうとしない。だが、旅の者たちが京から来たことを知ると、懐かしく思って承諾する。

新古今集~大江千里を引用して断るが・・・
ツレ しかも今宵は照りもせず。
シテ 曇りもはてぬ春の夜の。
シテツレ朧月夜に。しく物もなき海士の苫。
※主人に直接語りかけないことと、一度断るのは「能の定型」です。

この浦が源平の合戦場だったことから、もしやその様子を知っているなら、ぜひ語って欲しいと所望すると、漁夫はおもむろに語り始める。
戦語り①・・・この時点では「第三者の視点」である。
・最初は戦語りの定型であるが、客観的に主要人物の晴れ姿などが語られる。
一院:後白河法皇。
一町:100M
◇シテとツレのかけ合いによる「錣引き(しころびき)」←地謡の謡にのせて。
錣:兜の左右、後で首を保護している道具。・・・・・ここでは「扇」で表現している。
・平家の荒武者景清が、源氏の武将三保の谷に襲い掛かるところである。佐藤継信が義経の身代わりで殺される。
シテとツレとが双者に成り代わり、互いに戦いの駆け引きを演ずる。

休戦状態・・・
・両陣営が戦死者を悼んで休戦となった後、急に静かになった戦場の様子を「引き汐」に例えて印象的に描写さけている。

✪漁夫の話があまりに真に迫ったものであるために、不思議に感じた旅の者は、本当は誰なのか、名を名乗れとせまる・・・・
・ロンギによる「地謡」と「シテ」が交互に謡う。ここでは「地謡」は「ワキ」の言葉を代弁している。
・漁夫はあいまいな言葉を残したまま消え去っていく。
「よし常の浮世の夢ばし覚まし給ふなよ夢ばしさまし給ふなよ。」→ワキは夢の中にいることになる。いつから夢を見始めたのか?
・送り笛に送られて退場・・・・

間狂言登場。
※時間の流れからすれば、アイ登場の時刻は「真夜中」となっているはずであるが・・・・
・この塩屋の主人は自分であり、ワキたちが無断で入っていることを非難したことから、僧達は先ほどの漁夫たちが幽霊であったことがわかってくるのである


❖戦語り②・・・小書:那須与一語り
ここでは①那須与一②源義経③後藤兵衛実基④語り手自身の4役を演じ分ける。語りだけではなく、所作を交えダイミックに演じる。

≪後場≫
後シテ登場。
・登場楽は「一声」。テンポ良く、激しさを感じさせる。。
・面:霊神( 伝増阿弥  作)・・・奥行きの深い眼差しが特徴。
・装束:梨子打烏帽子、黒垂、白鉢巻、袷法被、着付・段厚板、半切り、腰帯、扇。太刀。・・・・全体では「甲冑姿」を表している。

❖戦語り③・・・一人称の語り。
勝修羅なので颯爽と凛々しい将軍ではあるが、勝った戦でも苦しみを背負っている。←「妄執」「修羅」という言葉。
・弓では迷わなかったが、生死では迷っている様。

小書:大事→弓流し(義経が馬で海に入り弓を落とす)・・・・戦いの真っただ中です。
・目付柱からワキ座へむかい、弓を落とす。ここでは扇を落とすことで表現している。この時小鼓が「ポッ」という音を打ちます。

小書:大事→素働(しらばたらき)・・・・・義経が危険を冒して、弓を拾いに行き、拾い上げるまでの顛末。
・小鼓は間流しを打つ。(一拍に一音を打つ・・・パッ、パッパッ・・・・・)
🌠失敗です・・・・
自分が流されていく様を「流れ足」の型で表現する。
・小鼓は乙流しを打つ。
囃子は緩急の変化があり、音楽的にも面白い。
・この行為を兼房に諌められて・・・・言い訳を・・・
シテは始め床机に腰掛けて謡う。居グセの変形といえる。

❖戦語り④・・・修羅道における戦いの語り。
生前に戦をした者が死後に堕ち、常に戦いを強いられる苦しみを受けるさま。

錯覚だったのか・・・・・普通の人には単なる自然現象である。
シテ「陸には波の楯。・・・・楯に見えたのは「波」
地「月に白むは。
シテ「剣の光。・・・・・剣の光に見えたのは「月光」
地「潮に映るは。
シテ「兜の。星の影。・・・・・兜の星に見えたのは「星」

「敵と見えしは群れゐる鴎。鬨の声と。聞えしは。浦風なりけり。」と、最後は夢から覚めた者たちの、呆然たる思いの中に余韻を引きずるかのように、
囃子の「残り止め」で閉じる。
❑「屋島」