この能の作者と作品背景。


作者は、「安宅」や「船弁慶」を作った観世小次郎信光の子観世弥次郎長俊である。話の大筋は平家物語を基にしているが、起請文を読む場面は独自の工夫である。
直面の現在能で、演劇的色合いが強く、世阿弥的な幽玄能の対極に位置する。
源義経が土佐坊に襲われた事は、「吾妻鏡」「平家物語巻十二、土佐坊斬られの事」、その外、源平盛衰記、義経記にも記述がある。
なお、平家物語では昌俊と記されている。

この作品の見どころ。

①「斬組み」の場面がアクロバティックでもあり、スペクタクルでもある。ストーリーが単純明快である。
②能楽の『三読物』の一つに数えられる「起請文」の謡。
漢文調の言葉を特殊な拍子で通常の謡と異なる序破急をつけ、節を駆使し謡い上げ、さらに役の心情も表現しなければならない非常に難しく、この謡は重い習いになっいる。見どころでもあり、聞きどころでもある。
起請文とは、神や仏に誓いをたてた文書のこと。
習い事
特別に伝授を受けなければ上演が許されない曲・演技・演出のこと。習の曲を演じるには、技術的・精神的に高い水準が求められ、演者は稽古を重ねて臨む。

三読み物
能「安宅」の「勧進帳」、「正尊」の「起請文」、「木曾」の「願書」。ただし、「願書」は喜多流にはない。
③弁慶と正尊で交わされる詰問の場の緊迫感。義経を守る武蔵、頼朝の命をうけた土佐坊との駆け引き。
④子方による「中の舞」

前場》
シテ登場


・まず、ツレ(義経)、子方(静)、ツレ2人が登場し、ワキ座へ。
・判官、源九郎義経は、平家を滅ぼし功を立てたのに、恩賞もなく、兄頼朝と不和になってしまいます。鎌倉よりは義経への刺客として、内々に土佐坊正尊が上洛してきます。
それを義経が呼び出すところから能は始まります。
・弁慶の出で立ちは「山伏」です。正面にて「名のり」を行う。
※直面(ひためん)
直面では、表情を作るということはない。できる限り無表情で演じ、できるだけ抑えた演じ方をする。
感情を露わにした表情を作ると、それはもう能ではなく、歌舞伎であったり、普通の演劇になってしまうのです。

ツレ登場

・角帽子姿の僧形である。(数珠を手にしていないのが特徴的である。)
・義経を守る武蔵、頼朝の命をうけた土佐坊との駆け引き。互いに一歩も引かぬ対決である。両人の問答に緊張感。
・弁慶が、義経のもとに参上するように急き立てる。不意を突かれた形の正尊は、色々言い訳を言うが、無防備のまま同行することになる。
(他流ではここでシテの強く踏む「据拍子」が、弁慶の決意を表すものとして踏まれている。、効果的な響を演出)。

据拍子・・・・・謡の切れ目に左、右と二つ踏んで区切りをつけるもの。

義経・弁慶の糾問そして起請文の作成

・義経にはあくまでも恭順の態度を示す反面、弁慶にはことさら反抗的に当たる。
・弁慶が太刀に手を掛けて見据えても、正尊は逆に落ち着きはらい、窘めたりまする。
・ついに進退窮まって窮余の一策として他意なき旨を起請文に書き、その場を逃れようとする。
これらのことから「一筋縄ではいかぬ正尊」のふてぶてしさがあらわれるべきところで、謡の呼吸が大切な部分です。

弁慶による起請文の読み上げ
鼓のリズムに合わせて抑揚に富んだ読み方で漢文調の言葉を特殊な拍子で通常の謡と異なる序破急をつけ、節を駆使し謡い上げる。さらに役の心情も表現しなければならない。非常に難しく、この謡は重い習いになっいる。見どころでもあり、聞きどころでもある。

子方登場

・静 御前による中の舞。・・・斬り組物の無味乾燥さを救っていると言える。
本来は大人がツレとして演じていた(小面をつけていたという記述あり)
現在は五流派とも「子方」であるが、これは江戸時代中頃の喜多流の演出に始まるようである。

アイ登場

・弁慶が婢(はしため)を呼び、正尊の宿の有様を偵察してくるように命じます。⇒戦いの準備がされている旨報告する。
女姿のアイが、舞台に変化をもたらしている。

物着》
・正尊達の夜襲に対しての準備をしている様子。

《後場》
夜討の攻防と正尊の生け捕り


・いきなり「頭越(カシラコシ)一声」という勢いがかかった囃子で、緊迫感を一挙に掻き立てている。
「初段目」は打たずに、いきなり「頭越」の段から演奏が始まる。非常に急調で激しいものです。

斬り組み
・よほど型に徹して象徴的に演じられるべきで、未熟な立衆を数で揃えても、かえって興醒めとなる。
・斬り組みにも能の美があるべきで、おざなりの演技ではおおむね芝居の殺陣に劣ることになる。
以上

能曲目鑑賞ポイント解説

❑「正尊」