この能の作者と作品背景。

作者、典拠は不明であるが、古い能であるらしい。稲荷大明神の神徳によって名刀を作るという筋からして、名刀小狐丸の伝説あるいは、刀鍛冶集団と稲荷霊験譚が結びついた
古い伝説があったのかもしれない。
"(注)稲荷大明神は刀の神様ではない。すべての食物をつかさどり、田の神様(農業の守護神)ともされています。農業の守護神が打った剣ですから、そんな剣で国を治めれば、
五穀豊穣は間違いなし。ちなみに、狐は稲荷明神の使者です。 "

この作品の見どころ。

①祝言性の高い切能の傑作である。単純なストーリーで、きびきびとした動きと爽快な謡は非常に変化に富んでいる。

②前場ではクリ・サシ・クセで語られる剣 の威徳の語リ・・・・宗近の前に現れた不思議な少年が、名剣の霊験を語るところ、特に火に囲まれた日本武尊が、草薙の剣を抜いて草をなぎ払い、炎を敵に返して退ける名場面の語りと動きの変化に注目。

③舞働による動きのある舞が華やかな舞台効果を作り上げる。

④後場は相鎚を勤める明神と宗近が剣を打つ場面が囃子方と謡も軽快でリズミカルである。クライマックスへ向かってどんどん運んでいくところに妙味があります。

⑤演者の技の切れや謡の力を素直に楽しめる曲で、す。

■全体の流れ。

1. 勅使(ワキツレ)が登場し、三条宗近の私宅へ向かう。

2. 勅使が呼び出すと三条宗近(ワキ)が幕から登場し、三ノ松で勅使の用のおもむきを聞き、舞台に入る。

3. 宗近は稲荷明神に参詣へ向かう。

4. 童子(前シテ)が登場し、宗近に声をかける。

5. 童子は中国や日本における剣の威徳を語る。

6. 宗近が童子に素性を尋ねると、童子はお告げを残し、走リ込ミで退場する。宗近もそのあと退場する。

7. (中入)アイの語り。

8. 一畳台の作リ物を正面先に出した後、ノットの囃子で装束を改めた宗近が再登場する。幣を振って神に祈り、「謹上再拝」と唱え、地謡前で刀を打つ準備を整える。

9. 早笛の囃子で稲荷明神(後シテ)が登場し、舞働を舞い、宗近とともに刀を打つ。

10. 完成した剣小狐丸を、宗近は稲荷明神に渡し、明神は小狐丸を勅使に献上して退場する。

≪前場≫
■ワキツレ登場


・「道成寺」でおなじみの大臣 橘 道成です。・・・・どうも実在の人物ではないようです。

・能の決まりごととして、最初に登場した役柄の人が色々説明する。

・装束:袷(あわせ)狩衣、洞(ほら)烏帽子、大口

※橋掛かりは登場、退場やこの世とあの世の区分など色々な使われ方をします。ここでは、三条宗近の屋敷(半幕の奥が屋敷)までの舞台となっている。

ワキ登場

役回りの重さからみると、橘 道成よりも宗近に力点がある。

・三条小鍛冶宗近

小鍛冶とは刀工のことであり、宗近の称号のようなものです。宗近は実在の人物で、やはり一条天皇の時代に、京都に三条に住んでいたようです(三条には代々鍛冶師が住んでいたらしい)。
それで三条の小鍛冶宗近。

装束:侍烏帽子、掛直垂(かけびたたれ)、大口。

・「このうえは、とにもかくにも~」から、地謡が「宗近の悩める心境」を宗近に代わって謡う。


やがて場面は変わって稲荷明神の境内へ

・「稲荷の明神なれば~」で場面は稲荷明神の境内へと変わり、宗近が参詣する。

この場面転換は「非写実性」の最たるものだが、見る人たちの想像性が発揮されるところであろう。

前シテ登場~「なうなう~」と呼掛けで登場。

・面:童子であることからシテは明らかに少年である。(神聖な役柄として表現されている。)

なぜ少年なのか?→古来神様は老人か少年の姿をとると考えられていた。能においてもその発送が受け継がれている。

・装束:黒頭、水衣、扇。

・宗近は不思議な少年に声をかけられ驚く。さらに童子は゛帝の命゛まで知っているので、ますます驚く。

謡いの聞かせどころである

・シテが正面で剣の威徳を謡う・・・・・見せ場であり、聞き所でもある。中国の話、ヤマトタケルの話。

クリ→サシ→クセ(シテは居グセ)

やはりこの少年はただものではない!

・シテ(童子)はすべるような速さで中入りするが、このスピードは尋常ではない!

アイ登場

・この曲の場合、シテのみならずワキも装束を着替えるため、時間かせぎが必要である。今までのあらすじをあえてここで語る。

≪後場≫
・中央に作り物「一畳台」が置かれる。しめ縄が張られ、剣を打つ準備がされている。ここで刀が打たれる。

ワキ登場
・宗近は、しめ縄を張った壇をしつらえ、仕度を調えて、祝詞を唱えて待ち構えます。
・宗近が稲荷明神への祈りをささげる。→謹上再拝

小書きなるがゆえ・・・
・まだシテの登場場面ではないが、半幕にして登場楽の前に姿を見せる。

後シテ登場

・登場楽は「早笛」・・・・人間ではない神様、物の精が登場する。
太鼓も加わり、テンボがアップし、リズミカルな囃子となる。

・面:(レイ)小飛出。稲荷大明神である。※この面は宝生家が大切にしているものである。

・装束:白頭、 輪冠(わかんむり)キツネ付、法被、半切り、鎚。小書き「白頭」のため、装束も白を基調としている。
装束の幾何学文様は男性の強い役を表している。


舞働き
・抽象的な所作を通じて、神の威力を示している。
舞働き・・・神仏や龍神、天狗等が威勢を誇示するなどの場面で舞う働き事(囃子を伴う所作のこと)のひとつ。

剣を打つ
・地謡が剣を打つ所作を謡いで表現する。
詞章に合わせた所作をたくさん行う。舞踊的かつ抽象的な動きと具体的な動きが調和するように様式化されている。
・剣の打ち終わりとともに、太鼓も止まる。

剣を献上する。
・稲荷大明神は完成した剣を勅使に献上して、雲にのり飛び去る。

以上

能曲目鑑賞ポイント解説

❑「小鍛冶」