■この能の作者と作品背景。

天女伝説に題材をとった作品である。天女あるいは羽衣の伝説は、日本の各地広く分布しており、また、歴史的に見ても、古風土記に取り上げられるほど古い 起源のものである。
能はそのうち、三保の松原に伝わる伝説を取り上げている。

成立は定かではないが観阿弥、世阿弥親子が静岡県の浅間神社に奉納に出かけた折に、美保の浦に伝わる羽衣伝説を知ったのではないかと思われます、またそれの先行芸能などを元に
纏めたのではないかと考えられています。

室町時代後期の『能本作者註文』、江戸時代中期の『二百十番謡目録』では世阿弥の作と記されているが、詞章や音楽的な要素から見ると、その可能性は低 いと言われている。


■この作品の見どころ。

①小書演出による違い・・・イ.羽衣が一の松へ掛けられている。ロ.宝を降らす型として「扇を落として表現」。ハ.「失せにけり」の省略。

②シテの所作のすばらしさ。・・・・・シカケ・カマエ・ヒラキ・サシコミがいたるところで演じられている。

③充実した地謡の謡。下歌、上歌、クリ、クセ、キリ。

④序の舞のすばらしさ。
※序破急が展開されている。

⑤扇の型(上端扇、招き扇、ハネ扇、サシツメ)の優雅さ。

■ワキ登場・・・・・登場楽は「一セイ」。白龍は能作者の創作?

・橋掛かりの一の松の欄干に長絹(羽衣)がかかっている。この時点で場所は「三保の松原」である。
※通常は正面先の松の作り物が置かれ、そこに掛けられている。小書き演出らよる。

・ワキ(漁夫 白龍)と漁夫2人(ワキツレ)が釣りざおをかついで登場。
・装束:段熨斗目、大口、水衣(ただし、ワキツレは無地熨斗目)
・謡では風の強い三保の浦で忙しく働く漁師のことを語っている。・・・頬にさっと海風が通って来る感じを受ける。

・名のりのあと、このあたりの風景がいかにすばらしいかを謡う。
・ワキ「われ三保の松原にあがり。浦の景色を眺むる所に。虚空に花降り音楽聞え。霊香四方に薫ず。~・・・」
※この表現は菩薩や如来が出現する時のもので、仏教色が強く出ている。
??急転直下・・・・白龍は羽衣を見つけ、持ち帰ろうとする。・・・なんと世俗的なことか・・・


■シテ登場

・「なうなうその衣はこなたのにて候~」という呼掛け詞で天女(シテ)登場。

・装束:天冠、牡丹の花、着付け類として、上は白い摺箔(すりはく) 、下は腰巻は縫箔。上着である「長絹」は着ていない。⇒「モギ胴」という。

※摺箔…無地の小袖に金や銀の箔で模様をつけたもの。

・面:小面

◎返せ・・・・返さない・・・・
・「涙の露の玉鬘。かざしの花もしをしをと。天人の五衰も目のまへに見えてあさましや。」
・天女が玉の露のような涙を流すと、髪に付けていた花も見る見る萎れだし・・・・
※衣を返してもらえない心情、天に帰れないさみしい心情が謡われる。
・天女は無量の悲嘆にくれる。・・・地謡上げ歌「迦陵頻迦~・・・」
※迦陵頻迦(ガリョウビンガ)とは天上界にいる美しい声をだす鳥のこと。

●「・・・千鳥鴎の沖つ浪・・・→眺める型
・天上への憧れ、懐かしさ、淋しさをしんみりと舞う。

☆天人があまりに可愛そうなので、衣を返すことにした白龍。・・・・しかし、条件がある。
・天人の舞楽が先だ・・・・・それを見た後で返す。
・シテ:「~人間の御遊のかたみの舞。~・・・・」
※人間世界に自分が遊んだ記念に残す舞。

・シテ:「いや疑は人間にあり。天に偽なきものを。~・・・・」
※人を疑ったり、ウソをついたりするのは人間だなぁ・・・

《物着》・・・後見座にて。
・囃子は「物着アシライ」という笛、小鼓、大鼓による簡単な演奏。
※シテが女役の時は「物着アシライ」となるが、男役の時は、囃子の演奏は入らない。
☆長絹を身に着け→舞へ

●序の舞に入る前に・・・美しいクセ舞。

※霓裳羽衣(ゲイショウウイ)とは舞楽の曲の名前。
「東遊」(東国の舞)と呼ばれる舞の中にある「駿河舞」は、天人が三保の松原で舞ったこの時が起源となった・・・と謡っている。
※平安時代に起源を発する「駿河舞」が宮廷の雅楽に採り入れられた。

◇クリの謡い・・・・・・拍不合の謡いのため、長くなったり、縮んだりしている。
・「それ久堅の天といつぱ。二神出世の~」・・・ここで謡われている「ひさかた」が後の「光、天(あめ)」の掛詞の語源を物語っている。
※二神:イザナギ、イザナミ
●クリ:高音域を主としてよどみなく謡う。「サシ」「クセ」の導入に使われる事が多く、4・5句からなる

・「白衣黒衣の天人の~」
※月世界の宮殿には白衣と黒衣の天人が十五人ずつおり、日毎に一人ずつ入れ替わって奉仕し、白衣の天人が十五人全員になると〈満月〉となり、
黒衣の天人が十五人全員になると〈新月〉となり、三十日で月の満ち欠けを表しています。
このように自然の摂理は繰り返され、月は夜空を照らしています。
☆この曲の天人は、自然の象徴で、疑いの心を持っつ人間の心を照らすのです。→ユウケン

◇クセの平ノリの謡い・・・・・・拍合。七五調12文字を8拍のなかで謡う。
・「春霞。たなびきにけり久かたの。~白雲の袖ぞ妙なる~」まで。
●クセ:シテに関する物語などが、主に地謡によって謡われ、一曲の中心的な重要部分をなしている。クセの中ほどから後半で、シテやツレなどが謡うことが多く、
これを「上ゲ端〔上羽〕(あげは)」と呼ぶ

・「クセ」の中で、謡、舞、囃子が独立して行われる有名な型どころである。
※ここでは、天上界にも劣らない三保の松原の美しさが謡われている。清見潟、富士の山・・

・「君が代は~」では「上端扇」の型。
※広げた扇を面前に平行に出し、足を引きながら上にあげ、右におろす型。

・蘇命路の山は、世界の中心の山のことで、ここでは「富士山」を表している。

・南無帰命月天子 本地大勢至(月天子のご本体であらせられる勢至菩薩よ、どうか私の願いを聞き入れ給え)
・地「東遊の舞の曲」→礼拝
■序の舞

※序の舞は最も優美な舞であるが、羽衣の場合は太鼓入りであるが、「ゆったり」「華やか」「うきうき」の気分で奏されている。
・左右→シカケ→ヒラキ→打ち込みなどの基本的な型を繰り返す。


※この各段のなかで、「オロシ」をまじえながら徐々に早くなっていく。
カカリ  →   初段  →   二段   →  三段→破ノ舞を省略し早めに舞う
 
・扇を落とす所作・・・・・「七宝充満の~・・」で、宝を降らしたという意味を表している。


◇キリの大ノリの謡い・・・・・・1文字を1拍に当て込んで謡う。ゆったり感がある。
招き扇
・謡が最後に「霞にまぎれて。失せにけり。」が小書きのため、省略されている。・・・・・霞留。
・ただし、囃子は続いている→「残り止め」。
※中ノリ・・・1拍に2字をあてるノリのよいリズムの取り方。道成寺。
サシツメ
※天人が橋掛かりへ行くのは、「遠ざかって行く」効果を出すため。

以上

能曲目鑑賞ポイント解説

❑「羽衣」