能曲目鑑賞ポイント解説

この能の作者と作品背景。

この曲は世阿弥以前からある古いもので、観阿弥と同時代に活躍した金春権守の得意曲である。しかし、後半部分は世阿弥が付け加えたものと言われている。
(後半は海人が龍女に変身して成仏するという祝言で締めくくっている)
世阿弥が後半部分を付け加えた意図。
・天女舞は世阿弥の好敵手であり、先輩格の役者であった近江猿楽の犬王の得意芸であった。天女が美しく、楽しげ゛に舞い遊ぶ様子は、一世を風靡し、大流行したようである。
観阿弥の遺言で世阿弥が大和猿楽にこれを取り入れた。「海士」もその曲の一つである。
※室町時代から途切れることなく演じられている人気曲である。
※なお、金春、宝生、金剛、喜多の各流派では「海人」だあるが、観世流のみは「海士」の字をあてている。

この作品の見どころ。

①前半では、海女が海中に潜って龍から珠を奪い取ろうとする場面(玉の段)
・我が子のため、使命のために自らの命を投げ出す一人の海人の気迫が、謡、舞、囃子の一体感でドラマチックに表現されている。
・この場面のために、一曲ができているのではないか・・・・・・・。

②後半では、竜神の勇壮な舞(早舞)。
・謡曲も舞も非常に変化に富んでいて、時間を感じさせない作品である。

前場》

ワキ・ワキツレ登場。

・次第「出づるぞ名残三日月の。出づるぞ名残三日月の~」→地謡:地トリ。
・子方「房前の大臣とは我が事なり~」
藤原房前とは。
藤原鎌足の孫で、淡海公(藤原不比等)の次男である。政治的能力に優れていた。藤原北家の祖となった人物である。
能では大臣になって故郷に戻ってくるという設定で描かれているが、実際には死後にその位は贈られている。ちなみに母親は蘇我氏の出身である。
※子方である必要性。
・観客の視線を向けさせる。一人だけ子方がいることで、舞台の焦点が散漫になることを避ける・・・・すなわちシテをよりクローズアップさせるなどの意味があります。
この曲では母を思う子供らしさに力点をおき、母の愛を強調するのが目的であろうと思われるが、同時に大臣としての品格や華やかさを兼ね備えていなければいけないという
難しい役柄であるという面もあります。

■前シテ登場。

一声「海士の刈る。藻に住む虫にあらねども~」で登場。
・装束:水衣の変わりに腰蓑をつけた労働着姿。手には鎌(扇ではない)。
・今海から上がって来ているので、髪を前に垂らし濡れているイメージである。
・面:近江女・・・・・庶民的雰囲気。

出生にまつわる物語から【玉の段】へ・・・・この曲の前半のハイライト部分です。

・この浦での出来事を感慨深げに語るところから物語はどんどん進行していく。
・竜宮へ飛び込み玉を奪い、乳を掻き切ってその中に玉を隠し、逃げ帰ってきたさまなど・・・・
"☆緊迫感漂うスピーディな展開で、地謡と囃子、シテの具体的な舞がピッタリと合った面白さとなっている。 "
☆海中はるかに分け入る場面では、橋掛かりをうまく使って距離感を出している。
☆扇ではなく小鎌を持っているのは、自分の胸を切る臨場感を表現するため。

【シテのクドキ】
・「かくて浮びは出たけれど・・・」の部分が宝珠を取り返した海女の最期を効果的に描写している。(謡の難所)
※クドキ:能の中で、嘆き悲しんだり、苦しみ悩んだりする心情を表現する謡。拍子に合わせずに謡われ、囃子は入らない。

そして最後に、その海女は自分が”その時の”海女、つまり房前公の母の亡霊であると正体を明かし、手紙を置いて海中に消えてしまう。
◎亡霊ではあるが、母と子供の再会という親子の愛の物語である。

§渡された手紙は、亡霊が消えた後も依然として房前の手元に残っており、今の出来事は夢ではなかった事の証拠である。

《中入り》

アイ登場。
三つの宝の説明をする。

《後場》
・登場楽は「出端」」(大小太鼓で囃子、笛があしらう)であるが、小書「二段返し」となっており(結果として三段構成)、常よりも全体に重々しく、
たっぷりしている為、非常に長い。

◎手元に残された手紙の確認・・・・
・・・・すでに死んで十三年の年月が経つが、自分を弔ってくれる人はいない。もしあなたに孝養の気持ちがあれば、供養して自分をこの闇から救って欲しい・・・・・・

・菩提を弔うことに・・・・・

■後シテ登場。・・・・成仏して行く喜びを舞いで・・・・

その前に・・・
・半幕の状態で「後シテ」の姿が少しだけ見える。
竜女に変身した海人の姿である。(成仏した)
※何故竜女なのか?・・・仏教では、女性のままでは成仏できないため、成仏するための過程として考えられている。仏教では変成男子(ヘンジョウナンシ)という。

・左手に経を持ち、法華経に聞き入っている様子を見せるという仕掛け。
→通常の出端に戻り・・・・・・・

後シテ登場

・装束は少し男性に近づけたものになっている。赤頭によって人間性が薄れ、竜の特性が強調されている。
・面:橋姫
※何故子供に合って成仏しているのに、怒り狂った鬼女の顔なのか?
自分の命と引き替えに、決死の覚悟で珠を取り戻す時の、若き母親の苦悩を面に表している。

早舞。・・・・子の親を想い敬う深い心の結果、母親が成仏するという 颯爽としたところが表現されている

§親子の死別という、悲しいストーリーであるが、後場の短くテンポのよい展開で雰囲気が変わり、最終的には明るく終わります。
 一曲の盛り上がりを大切にして、巧妙に練り上げられている作品です。
以上
海士