能の詞章

ワキ、ワキツレ
げに治まれる四方の国。げに治まれる四方の国。関の戸さゝで通はん。

二人次第
ワキ詞
そもそもこれは当今に仕へ奉る臣下なり。さても我が君賢王にましますにより。吹く風枝を鳴らさず民戸ざしをさゝず。誠にめでたき御代にて候。さる間摂州住吉の浦に。
始めて浜の市を立て。高麗唐土の宝を買ひとるべしとの宣旨に任せ。唯今津の国住吉の浦に下向仕り候。

道行三人
何事も。心に叶ふ此時の。心に叶ふ此時の。ためしもありや日の本の。国豊なる秋津洲の波も音なき四つの海。高麗唐土も残なき。御調の道の末ここに。
津守の浦に着きにけり津守の浦に着きにけり。

シテ真ノ一琴
松風も。のどかに立つや住吉の。市の巷港出づるなり。

シテサシ
それ遠満十里の外なれども。こゝは処も住吉の。神と君とは隔なき。誓ぞ深き瑞籬の。久しき世々の例とて。こゝに御幸を深緑。松にたぐへて千代までも正しき君の御旅居。
いづくも同じ日の本の。もれぬ恵ぞ有難き。

下歌
いざいざ市に出汐の月面白き松の風。

上歌
伊勢島や汐干に拾ふたまたまも。伊勢島や汐干に拾ふたまたまも。待ちえにけりな此御代に。鸚鵡の玉鬘かゝる時しも生れ来て。民豊なる楽を何に譬へん秋津洲や。
高麗唐土も隔なき。宝の市に出でうよ/\。

ワキ詞
不思議やなこれなる市人を見れば。姿は唐人なるが。声は大和詞なり。又銀盤に玉をすゑて持ちたり。そも御身はいかなる人ぞ。


シテ
さん候かゝる御代ぞと仰ぎ参りたり。又是なる玉は私に持ちたる宝なれども。余りにめでたき御代なれば。龍女が宝珠とも思し召され候へ。


これは君に捧物にて候。

ワキ
ありがたしありがたし。それ治まれる御代の験には。賢人も山より出で。聖人も君に仕ふと云へり。然れば御身は誰なれば。かゝる宝を捧ぐるやらん。委しく奏聞申すべし。

シテ
あらむつかしと問ひ給ふや。唐土合浦の玉とても。宝珠の外に其名は無し。これも津守の浦の玉。心の如しと思しめせ。

ワキ
心の如しと聞ゆるは。さては名におふ如意宝珠を。我が君にさゝげ奉るか。

シテ
運ぶ宝や高麗百済。

ワキ
唐船も西の海。

シテ
檍が原の波間より。

ワキ
現れ出でし住吉の。

シテ
神も守りの。

ワキ
道すぐに。


こゝに御幸を住吉の。神と君とは行合の。目のあたりあらたなる。君の光ぞめでたき。

ロンギ地
千代までと菊売る市の数々に。千代までと菊売る市の数々に。四方の門辺に人さわぐ。住吉の浜の市宝の数を買ふとかや。

シテ
春の夜の一時の。千金をなすとても。喩はあらじ住吉の。松風値なき金銀珠玉いかばかり。


千顆万顆の玉衣の。浦ぞ津守の宮柱。

シテ
立つ市館かずかずに。


籬もつゞく片そぎの。

シテ
みとしろ錦綾衣。


頃も秋たつ夕月の。影に向ふや淡路潟。

シテ
絵島が磯は斜にて。


松の隙行く捨小舟。

シテ
寄るか。


出づるか。

シテ
住吉の。


岸うつ浪は茫々たり松吹く風は切々として。蜜語かくやらん。その四つの緒の音を留めし潯陽の江と申すとも。これにはよもまさじ面白の浦の景色や。

シテ詞
又岩船のより来り候。

ワキ
そも岩船のより来るとは。御身は如何なる人やらん。

シテ
げに旅人はよも知らじ。天も納受喜見城の。宝を君に捧げ申さんと。天の岩船雲の波に。高麗唐土の宝の御船を。唯今こゝに寄すべきなり。


今は何をか包むべき。其岩舟を漕ぎよせし。天の探女は我ぞかし。飛びかける天の岩船尋ねてぞ。秋津島根は宮柱住吉の松の緑の空の。嵐とともに失せにけり/\。

来序中入




久方の。天の探女が岩船を。とめし神代の。幾久し。

後シテ早笛
我はまた下界に住んで。神を敬ひ君を守る。秋津島根の。龍神なり。


或は神代の嘉例をうつし。

シテ
又は治まる御代に出でて。


宝の御船を守護し奉り勅もをもしや勅もをもしや此岩船。働。


宝をよする波の鼓。拍子を揃へてえいや/\えいさらえいさ。

シテ
引けや岩船。

地 天の探女か。


シテ
波の腰鼓。


ていたうの拍子を打つなりやさゞら波経めぐりて住吉の松の風吹きよせよえいさ。えいさらえいさと。おすや唐艪のおすや唐艪の潮の満ちくる浪に乗つて。
八大龍王は海上に飛行し御船の綱手を手にくりからまき。汐にひかれ波に乗つて。長居もめでたき住吉の岸に。宝の御船を着け納め。数も数万の捧物。
運び入るゝや心の如く。金銀珠玉は降り満ちて。山の如くに津守の浦に。君を守りの神は千代まで栄ふる御代とぞ。なりにける。

■岩舟 謡