能曲目鑑賞ポイント解説

この能の作者と作品背景。
作者に関する記録はない。1466年二月二十六日に、音阿弥が演じたことの記録があることから、作品自体はかなり古いと思われる。
 この作品は、万葉集巻三に収められた角兄麻呂(つぬの えまろ)の歌、「ひさかたのあまのさくめがいはふねの はてしたかつはあせにけるかも」という中に、天の探女が難波津に天降ったという神話を基にしたものと思われる。
神話や伝説をもとに、帝の治世を賛辞して、金銀珠玉を降らせるという、純粋にめでたさをテーマにした曲である。
また、この「高津」は、唐船の交易を行っていた住吉に近かったことから、財宝輸入の祝言曲を脚色して本曲が生まれたのかもしれない。

脇能としての位置付け。
そもそも脇能では、神が来臨して天下泰平、五穀豊穣、国土安泰を言祝ぐ形が典型的なものである。複式夢幻能の形式(前シテが神の化身、後シテが神)にはなっているが、前シテが天の探女の化身、後シテが竜神という取り合わせも、元来は後シテが天の探女で、竜神は後ツレではなかったのかと想像されるなど一風変わった曲である。いずれにしろこの「岩舟」では、岩舟が数々の宝物をもたらすという豊かさの具体的表現が見られ、その祝意や気分を楽しむ能になっていると言える。

「岩舟」の見どころ。

 そのため、本来の複式能もさることながら、正式な五番仕立ての能会のフィナーレなどに、勇壮に動き回って早々に終わる「祝言能」としても重用されている(観世流では、すでに半能形式として定着)。
「春日竜神」や「竹生島」などと同じ、竜神が登場する演目ではあるが、スケールの大きさや、にぎやかさなどの点では、本曲が上か?
 祝言能にもなる曲だけに、理屈抜きに、何も考えず、見ているだけで楽しめる演目である。
その展開においてストーリー性に欠ける部分もあるため、様式性の高い演技や演奏によって「めでたい」雰囲気を演出している。
前場では、住吉に新設された浜市の有様や高麗唐土との貿易事情などが語られ、当時の社会事情を彷彿とさせる。
 また、後場でも颯爽と登場した竜神が、「八大竜王は海上に飛行し、み舟の綱手を手に繰りからまき、潮に引かれ波にのって」と、壮大な場面を演じて見せる。

《前場》
お囃子~笛で始まる。
・脇能の場合、その場を静めるように演奏される。その後「ヒャ-」という高い音(ヒシギと呼ばれる)が奏でられ・・・・・
○真の次第(脇能でワキやワキツレの登場に限って囃す囃子。颯爽とした感じで笛・小鼓・大鼓で囃す。)による音楽でワキが登場する。すこやかに、澱みなく・・・・演奏される。・・・・・区切りの段→揚幕へ。

ワキ・ワキツレ登場。
・つま先で伸び上がる様な動作やきびきび、颯爽としたした動作は脇能のワキ特有の所作である。
・衣装・・・・合わせ狩衣、白大口、大臣烏帽子.厚板。

★名宣座の前でワキが歩みを止め、囃子が急調に転じて本舞台へ出てくるこの呼吸も脇能特有の「出」のやり方である。
やがて・・・・三者が向き合い・・・・次第の謡を勢いよく謡う。
次第・・・ここでは「天下泰平」を謡っている。・・・・ワキ・ワキツレ→地謡(地取り)→ワキ・ワキツレ・・・・・・三遍返し(道行)・・・・・(脇能の定型)
脇能あるいは重い能の特別な決まりで、格調を高める効果があると言われている。
市・・・・本来この世に現れた神を崇め奉ることを意味したと言われる。神の現われるような神聖な場所、そして交通の要所に「市」がたてられた。岩舟の場合は海上の安全を守る住吉明神たてられた。

前シテ、ツレ登場。
「ヒシギ」のあと真の一声(静で気品の高い、ゆっくりした曲。笛・小鼓・大鼓・太鼓で囃す。)・・・大変荘重な囃子である。
この能ではシテ・ツレが登場する本格的脇能ですので、囃し方はその位取りを表す様に特にしっかりしたテンポで演奏している。
・区切りの段→揚幕へ。
①ツレ(従者)登場。・・・・・・銀盤に玉をすゑて持ちたり。
②シテ登場・・・黒頭、浅黄色の水衣、朱の腰帯、朱色の縫箔・・・典型的な「童子」の姿であるが、ここでは中国人の服装である。
・妖精の様な雰囲気を持っている「童子」として登場。使用している面も「童子」。
※「童子」・・・・・神霊が人間の姿を借りて現われたり、不老不死の長寿を得ている者で神聖な謎めいた存在。

橋掛りから本舞台へ・・・・・囃子は歩みのアシライ(BGM)

・帝がかつて御幸した際のことを謡い、そこに「市」が立つめでたさを謡っている。
・秋の月が美しい秋の晩に二人は「市」へ出かける。※笛の音が秋の雰囲気を出している。
中国人の格好をしている二人を勅使は不思議に思う。言葉は大和言葉・・・・・?

・「龍女が宝珠とも思し召され候へ」・・・法華経によれば、8歳の「竜女」がお釈迦様に宝珠を捧げるその瞬間に成仏したことが説かれている。帝に献上することを「竜女」の行為になぞらえている。
・「唐土合浦の玉とても」・・・中国合浦の浦で釣り上げた魚を漁師が助けて放してあげたところ、感謝の念を抱いた魚が「如意」という何でも願いが叶う宝珠を漁師にあげたということを引合いにだしている。それさえもただの「宝珠」であるという。
・しばらく平和の御代との係わりを謡う。「童子」は平和な御代を称え、コマ、唐土の宝などを乗せて、献上するために岩船を漕ぎ寄せるのだ!・・・と、突然言う。勅使は驚く!・・・・

○謎めいた「童子」の正体は天の探女であった。・・・岩舟の謂れを説いて姿を消す。
天の探女・・・・・万葉集にも詠まれた神話上の女神。古事記、日本書記では「邪悪な女」として描かれているが、能では「福をもたらす」良い神として描かれている。

③来序
太鼓が入り、荘重な演奏となる。そのリズムに合わせて前シテが重々しく、そしてツレが退場・・・中入りへ・・これも脇能特有。
来序・・・笛・大・小鼓、太鼓で打つアシライ囃子で中入に囃す。神・帝王などの退場を送る時に緩やかに囃す。
《来序中入》   
アイ狂言。
・ヒィーという笛の音とともに来序後半へと進み、アイ狂言が登場する。通常は末社の神様が登場するが、住吉の浦ということで、そこに住む者が登場する。「来序」ということで、衿を正し、折烏帽子をかぶっており、通常の「所の者」とは違う服装となっている。
ここでは津守の浦の賑わいを語り、住吉明神と松の由緒を説き、岩舟について解き明かす。

《後場》
後シテ登場。・・・・竜神。
・神の来現を予告する囃子(早笛)。
笛を主に大鼓・小鼓および太鼓ではやすエネルギーに満ちた雰囲気で急調子のもの。竜神などが走り出るときに用いる。
・衣装・・・・赤頭.龍.龍台.厚板.半切.腰帯。
半切・・・大口に似た袴で華麗な模様が施されている。
・手に持っている棹は岩舟を操作していることを表している。

「久方の。天の探女が岩船を~」・・・岩舟が天下る場所の反映を言祝ぐ。
天の探女も船を漕ぎ寄せるのに協力していることを謡いだけで表現している。

八大竜王・・・・仏教を守護する八頭の竜のこと。ここでは竜神の家来として舟を引くことに尽力している。

住吉の浜へ接岸し、金銀の宝が荷揚げされ「平和な世」が約束される。

シテの止め拍子→太鼓の置き撥の演奏→シテが扇を閉じる。そして・・・・終了。
以上。
岩舟