出典である平家物語とは若干異なる。
作者は不明であるが、平家物語第九巻「木曽最後」に題材をとっていると思われる。平家物語では、義仲は巴と別れた後に戦死しているが、能では義仲の自害に際し、共に死ぬことが許されない巴が泣く泣く死骸と別れを告げ、形見をまとい木曾へ落ち延びることになっています。
平家を都から追い出し、朝日将軍と呼ばれた義仲であったが、その後の明確な政治ポリシーを持たぬまま、木曾軍は都での政権を維持することが出来ず、宇治で義経の軍に敗北し、都落ちしたことが始まりである。

修羅能(二番目物)としての位置付け。・・・しかし、内容からみればむしろ四番目物といえる。
修羅物で主役となるのは、ほとんどの場合男性である。しかし、「生前が武士(武者)で戦に関わり、死後に修羅道に落ちて苦しむ者」という定義からすれば、性別が決まっている訳ではないようです。
この「巴」は女性がシテであり、唯一の女修羅物といえる曲です。

「巴」の見どころ。
・地謡の充実・・・・・ある時は「巴の心情」→「情景描写」、ある時は「ワキの代弁者」の位置付け。
・最後の戦いに臨む巴。立ち回りをあらわすシテの舞いはたらき。とくに馬に乗っての戦いはリズム感にあふれている。
・愛する人との別れの場面(とてもリアリティーがある。)。物着の位置付け。

《前場》
ワキ・ワキツレ登場。
・次第による音楽でワキが登場する。甲高い「ヒシギ」という笛の値で囃子が始まります。
能ではこれから登場する人物を象徴する様に様々な登場音楽がある。登場人物の性質によって軽快に演奏されたり、静かに重々しく演奏されたりします。何もない非写実のなかで繰り広げられるドラマ・・・・そのキッカケを与えるのが、登場音楽である。

・従僧を従えてワキが登場する。最初の場面は「木曾」です。僧は木曾から出て来て都へ行く途中である旨を名乗ります。義仲と同郷であるという「縁のあること」を示している。

・ワキによる次第(七五調)→地謡による「地トリ」→道行。
この道行きでは数歩前・後に動くだけで、何日もの旅を表している。

前シテ登場。
①シテ(里女)登場。
・幕の奥の「あの世」から「この世」へ、橋掛かりが文字通り橋渡しをしている。
・面は小面、装束は唐織着流し・・・・・すり足で移動するが、腰から上が微動だにせず、とても美しい!
・名のり座で神事である旨を告げ、正面(神前)へ進む。
・この時点での「シオリ」は昔を思いだしたからである。
神前で涙?不思議に思った僧が尋ねると、里女は和歌を引用し、「神様の前で涙を流すものを不審がられるのは、おかしいことです」と答える。僧は「木曾の山家」と答えると、ここ粟津の原は木曾義仲が神として祀られているので、拝むように言う。

《地謡》・・・・・里女の言うべきこと、心情を謡う。→義仲に仕えていたことが告白される。愛する人が死んだ土地から離れられぬ女の心を表している。              ↓
「さる程に暮れて行く~・・・」から情景描写へと地謡の内容が変わる。
夕暮れ時の鐘の音が響く雰囲気を里女は立つと、少しの動きで表現する。
・女は「わたしの名前はこの里の人におたずねなさい」といって草のなかに消えていった。
・笛の音(送り笛)とともに、前シテが退場する。→里女が一歩下がり、ワキが向きを変えて女が消えたことを表している。

〈アイ〉・・・・・アイ語り
里人が登場し、僧の求めに応じ、昔のことを語る。この能の背景を語っている。人間国宝「野村万作」
・里女が亡霊とわかり、僧は経を読む。

《後場》
後シテ登場。・・・・。
・登場楽「一声」はリズムがはっきりしていて、女武者巴の登場に期待を抱かせる囃子となっている。
・絶世の美女と言われただけあって、ここでも面は「小面」である。しかし、装束は武者を表して烏帽子、鉢巻き、そして長刀での登場である。
・地謡がシテの気持ちを代弁している。→成仏を願っている(女であるが故、一緒に死ねなかったため、成仏できなかった)。
・本舞台に入り、ワキの前に現れたことを表している。
※巴と僧のカケアイであるが、内容は巴の心情を謡ったものである。当然続く地謡も同じである。
・シオリは一緒に死ねなかった無念の表現であるが、しかし、一方で武士の価値観も理解している。

地謡の聞かせどころ「クセ」へ・・・・・前半は平家を打ち破った華やかな活躍→いったんシテの詞(運が尽き果てる)→僧へ弔いを頼む。
地謡は僧の代弁もしている。

巴が義仲の最後を語る。(義仲になっている)・・・・床几に腰掛け、義仲の馬上における態。
・・・深手を負っている義仲を助け、一緒に死のうと言うが・・・・・・・床几から放れ、ここから巴に戻る。
主従三世の契り・・・・・親子一世、夫婦二世よりも固い契りを義仲言い渡す。

見どころのひとつ
・敵と戦う様・・・・地謡の緊迫した謡いが、戦いを表している。有様に合わせて、ツヨ吟、ヨワ銀の謡となっている。
・橋掛かりを使い、義仲が死んだ場所と戦場の距離感を見せている。

・戦が終わり、戻ってみると義仲はすでに自害し、小袖が形見として残っているだけ。死骸はないが、巴を通して全て見えていると感じて欲しい。
・帰るに帰れない巴の女心が表れている。

「物着」により、武装を解いて、形見の小袖に着替え、傘を持って姿を変える。

能曲目鑑賞ポイント解説